その後のその後 その2

その、庭の木に…

人は、忘れてしまう生き物だ。

それを情報処理能力と言っても良いし

あるいは輪廻転生の過程で起こる現象

とでも言っておこうか...


「君は、何者なんだ?」


彼を待ち受けていた私は、自分の事を観光客と言った

彼はそれを「そうですか…」と自然に受け入れてくれたが

我が心ここにあらず、と言った風情は変わらずまま

淋しく笑いながら受け答えをする。


母屋に案内された私は、居間に通された

縁側から見る庭には、梅の木があった。花の季節には

芳しい香りと共に、可愛らしい花弁を見せるのだろうな

「お待ちどうさま、何も無いけどお茶でもどうぞ」

そう言って出されたのは、ベルガモットの香り

アールグレイの紅茶に、私は驚きを隠せなかった。


この場の雰囲気 空気感 精妙な波動とは言い難いが

どこかに似ている…それは、あのユグドラシルの樹が醸し出す

ものと酷似している。





リンドさんと言ったな。外国の方らしいが、日本語が堪能で

良かった、と螢一は思った。

   それにしても、すごい美人だ…

あまり女性に免疫が無いので、ドキドキしている自分が

おかしい…それでも、何とかなるものだな

気がついたら、紅茶を淹れていた。どうして紅茶を淹れたのか

それが良く分からない…そもそも、家に紅茶なんて気の利いた

代物があった事に驚く彼だった。

「と、とにかく…ごゆっくり…」

そう伝えるのが、今の彼の精一杯だったかもしれない。



例え、その姿が変わってしまっても

例え、その記憶が忘却の彼方へと過ぎ去ってしまっても

人の心に宿る思いは、その人自身が忘れてしまっても

残っているものなのだ。


この再構築された世界、全ての記憶を消し去っても

消えないものがある

それが影と言われようと、何と言われようと構わないが

形に思いが宿るのではなく、思いあればこそ形が生まれる。



「君は、何者なんだ?」


その正体を知りたいと思うよりも、彼そのものに惹かれる

そして彼が暮らす、この場所にも…








何も解決…と言うか、答えも見つからないまま時間が過ぎて行く

普通なら、少しキツメの尋問でもして問いただす所なのだが

リンドはそうしなかった。いや、出来なかったと言って良い。


あたりが夕暮れに染まる頃、彼に別れを告げ

他力本願寺を後にした。

その時私は、彼にこう言った。

「また訪問しても良いだろうか?」

「いつでも良いですよ。お友達も誘って来てください」


彼が言ったその友達と言う言葉が、とても印象的だったので

「ええ、分かりました。 あ、あの…」

そう言う私の顔を不思議そうに見る彼だったが

やがて少しうつむきかげんで

「な、なんですか?」

「私も、その…君の友達にはなれないだろうか」



淋しく笑う彼の笑顔が、その時は少し輝きを取り戻したかのようで

私も何だか嬉しくなった。


そうか…もしかしたら、この為に私はここに来たのだ

なぜだか分からない、でも確かな手応えが心を鼓舞した。


「こちらこそ、喜んで!」


彼の笑顔が、まぶしいと思った。





さて、この事を誰に報告しようか…

とりあえず天上界に戻った時に、一番最初に出会った誰かに

言ってみる事にしよう。

「久々の休暇は、とても充実したものだった」と。




 その後のその後 終わり。




さて、ここで問題です。

リンドが帰還後、一番最初に出会うであろう天上界の住人は

誰でしょうか…


 by belldan Goddess Life.