雨の日と想い出と

 紅茶の葉がきれてしまったので
買い物へ行く事にしたベルダンディー
午前中の曇天は、日差しを覆いつくして
それでも未だ振りそうにない気配を残し
空を覆っていた。
風が凪ぎ、静まり返った庭に紫陽花の花が
つまらなそうにしている。


静かだわ、ここまま持ちそうね、と
ベルダンディーは思った。
出掛ける用意をして、玄関から正門へと
お気に入りのサンダルを履いて歩いて行く。
日差しを遮る雲は、少し灰色を濃くしていた。
通りに出て、道の脇にある石段を降りて行き
バス通りへと進んで行く。
少し苔むした所もあるこの石段にも、想い出があり
転びそうになった彼女を、螢一が助けた事がある。


だから、ここはそーっとね、とベルダンディー
思い出し笑いをしながら降りて行った。


時刻表から少し遅れてバスがやって来た。
お昼過ぎのバスの中は、まるで貸切のようだ。
後方、窓際の椅子に腰掛けて、流れ行く風景を見る。
とろけるような時間の流れと風景と、ただぼんやりと
思いつくままに心を遊ばせていた。
数箇所あるバス停には、待ち人もおらず、すんなりと
目的地へと進行していたバスは、時刻表より少し早く
猫実商店街へと辿り着く。
いつものように「ありがとうございました」とバスの
運転手に礼を言い、バスを降りるベルダンディー


「あ、いや…こちらこそ」と運転手はテレながら答えた。


バス停から少し歩くと、商店街の入り口が見えてくる。
その中の中ほどに、紅茶の種類も豊富で
ベルダンディーのお気に入りのコーナーがあるスーパー
があった。


今日は何にしょうかしら?とベルダンディーは考える。
ダージリン、ウバ、それともオレンジ・ペコかしら?
全部好きだけど、今日はひとつだけ選ばなきゃ、と
思案するのだが、何だか今日の気分には合わない。
その時、ふと目に付いたのがアール・グレイだった。
そうよね、これから暑い日が来るのだし、冷たい紅茶が
良いわね、とベルダンディーは思い至った。
アール・グレイの缶を摘み出し、買い物籠に入れると
「みんな、今日はごめんなさいね。また買いにくるから」
と、選ばれなかった紅茶達に詫びた。
それから、買い足したい食材を選んで、レジへ並び支払いを
済ませた彼女は、スーパーを後にした。


今まで凪いでいた風が動き出していた。
「あら?もしかすると…雨が降るのね」
そう言いながら空を見上げると、まるで悪戯小僧のような
雨雲が「へへんっ!」と言いながら、辺り構わず水を放出
する準備をしている最中のようだ。
「困ったわ」
まだ大丈夫だと思って、傘を持って来てない。


しばらくして、ぽつりぽつりと道路に雨音が響きだした。


取り合えずの雨宿りに選んだ軒先で、雨を見詰めていた
ベルダンディーは、雨音を聴きながら静かに瞳を閉じた。


こんな雨の日だった。雨宿りしていた螢一さんを迎えに
行った日の事を、とても良く覚えている。
私が迎えに行ったら、すぐに雨は降り止んでしまったけど
あと少し、あと少し降ってくれていたら、相合傘も出来た
そんな事を思い出すと、自然に笑顔もこぼれてくる。
「雨の日に散歩とか?」楽しい提案だと思うけど、これは
却下かしら?とか「相合傘しませんか?」あまり唐突過ぎて
彼の、その真っ赤になった顔を想像してしまう。


たくさんの想い出がある。私と螢一さんのかけがえのない
素敵な想い出は、私の一番の宝物だもの。


そっと閉じていた瞳を開け、まだ降り続く雨音に耳を傾け
ながら、通りの向こうを見た。
「えっ?!」
螢一さん、それにマリアベルもいる。
「ママー!」
アマガエルのような雨合羽を羽織ったマリアベルが、一目散
に駆けてくる。
「あらあら!お迎えに来てくれたの?」
「うんっ! あたし、カエルさんだから雨が大好きだから!」
何だか良く分からない応答に、苦笑するベルダンディー
それでも嬉しさが隠せないようだった。
「やあ、迎えに着ちゃったよ。大丈夫だとは思ったけど」
螢一は、そう言って笑った。
「ありがとう螢一さんっ、それにマリアベルも」
双方に笑顔を振りまく女神さまっは、もしかしてこれが
雨の素敵なプレゼントなのかも、と考えた。


「はい、君の傘だよ」と手渡された傘にベルダンディー
「いいえ」と答え、そして
「私の傘は…螢一さんっの傘ですもの」と螢一の傘に入る
ベルダンディー
「おわっ! あはは…うん、相合傘だよねっ」


「あたしはカエル〜雨が大好き〜!」
マリアベルは、雨合羽とお揃いのカエルの傘を挿して笑う。


「さて、帰ろうか」
「はいっ、螢一さんっ」
「はい〜マリアベルも〜!」


たくさん出来事、色んな事が成就してしまった。


また、たくさんの想い出が出来たわ。
ベルダンディーはとても幸福そうに笑った。




雨の日と想い出と。


by belldan Goddess Life.