潮風に吹かれて(再掲載)

海岸線をなぞるような道に、愛機もゴキゲンな

エキゾーストを聞かせてくれる。

右へ左へとワイディングロードは続く。

海が見えてきた。



潮風に街路の木々も揺れる。心地良いリズムはサンバ

このまま何処までも…そんな気分なのだ。

ちょうど頃合の時間、休憩にタイムリーな場所を選んで

バイクを止めた。低い防波堤から一望する水平線に

心が躍る。

「ふぅ〜これこそ潮風ってもんよねぇ〜」

少し湿った風が、ペルメットを取った髪を泳がす。

切りそえた短い髪にも、海の香りが染み付くかのようだ。



街中では、とても目立ってしまうドマーニも

この町の人は関心が無いかのように、知らん振りをする。

だけどそれが嬉しい。誰も気がつかないって面白い。

「海の町だもんね〜」あたしはクスリと笑った。

バイクを止めた公道にある、道の駅。そこでコーヒーを

買って飲んだ。暑い季節でもない、肌寒い季節でもない

こんな季節には、ごく普通のホット・コーヒーが幸せを呼ぶ。

その道の駅の主らしい猫が、寄って来た。

「にゃん」と挨拶された。あたしもご返答した。

「こんにちは〜猫ちゃん!今日は良いお天気ねぇ」

あたしはグラス代わりに紙コップを掲げて言った。

猫はしばらく、あたしのそばでじっとしていたが

何もエサをくれないと分かると、プィとその場を離れて行った。

「行っちゃった・・・」

こんな時には、ベルちゃんのように何か持ってないとダメねぇ

ん?でも…あの娘って、いつも何か持ってたかしら?



ふと潮の香りがした。風が舞っていた。あたしは海を見た。

水平線と重なるようにして、白い小船がポツリと浮かんでいた。

空と海が一直線になって重なる場所。その向こうには何があるの?

昔の人は、その先は滝になっていて、全てが流れて行くと信じてた。

「今思うと、面白い発想なんだけどねぇ…」

飲み終えたコーヒーの紙コップをくずかごに入れて、あたしは愛機に

向かって歩き出した。



お土産は何が良いかしら?郷土品?それとも面白グッズ?

何が良いかしら?何か…とても良い言葉を思い出せそうになった。

「ええい!なんだろう?・・・忘れてしまった?」

あたしはヘルメットを被り、あご紐を締めてバイクにまたがった。

キーを差し込んでセルを回した。快調に始動するエンジンに

あたしは「うん」と短く返答する。

あたしが整備した、あたしの愛機だもんね〜当たり前だけど

とっても嬉しい。

「さてと、行きますか!」

ドマーニはすべるように本線に合流し、ワイディングロードの先に

消えて行った。




 * * * *



千尋さん…いったい何処へ行ったんだろうね」

「ええ…ちょっと心配です」

いつも通りに出勤したワールウインドの扉には『臨時休業』の

張り紙があった。


 * * * *




夏の終わりを感じたいと思った。

最後の夏のしっぽを捕まえて「バイバイ」って言うの。

面白いと思わない?

思いつくまま走らせた愛機が着いた先は、南紀だった。

以前、ベルちゃんと森里君とで行くはずだった九州の地

その前に立ち寄った…と言うか、ここでリタイアしたんだっけ

海と山のロケーションが何となく気に入って、それで来た訳。



森里君達…驚いているだろうな、もしかしたら

「相変わらずだよな〜」って苦笑しているかも

今、もしかしたらクシャミしているかもっ!だなんて考えて

笑っているあたしも、あたしだわ…



所々走り難い道もあるけど、海と山が迫ってくる海岸線って

ステキじゃない?

潮風を受けながら、あるいは追い風に押されながら走るバイクは

生まれて来た事に、その喜びに、歓喜の声を挙げている。



あたしは、風になるっ!



 * * * *



『臨時休業』の張り紙を見ながら、途方に暮れていた二人も

このサプライズな休暇を、どう過ごそうかと余裕が出て来た。

千尋さんは・・・きっと大丈夫さっ」

螢一はベルダンディーに向かって微笑みかけた。

「はいっ!私もそう思いますっ」

だって、今感じた…千尋さんがとても楽しそうに笑っているのを

千尋さんは、きっと風を感じに行ったのですねっ」

ベルダンディーは、今感じた事を螢一に素直に話した。

「そうか…ははっ 千尋さんらしいや...」



螢一は、その後少し思案していた。

それを不思議そうに見詰めるベルダンディー

「どうかしました?」

「あ、あのね…俺達も風を感じに行かないかって…」

「えっ?あ…」

ベルダンディーの顔が見る見る喜びの表情に変わって来る。

「わ〜 私もそう思っていたんです。風を感じたいって!」



「じゃあ、行こうか」

「はいっ 螢一さんっ」

螢一は、バイクの始動を始めた。今日も調子は良いや、と彼は

感じた。

だって俺が整備した、俺の愛機だもんな〜当たり前だよな

コツンとタンクを叩く、これは何時もの儀式だ。

「よろしくな、相棒」

螢一の愛機、BMWサイドカーは、ワールウインドの敷地から

スルスルとすべるようにして、公道へと進む。

前後左右の確認を怠る事無く、バイクは流れに合流した。

「よろしくね、バイクさんっ」

ベルダンディーは螢一の真似なのか、サイドカー

ウインド・シールをコツンと叩いた。



俺達も、風になるっ!




 


ベルダンディーが好きって言ってた場所に行った。

山から降りて来た風と、海を渡ってきた風が出会う場所。

バイクを止めて、俺達は波止場に降り立った。

「今日も気持ちいい風ですねぇ〜」

風にゆれる前髪を押さえながら、彼女は俺の方を見る。

「そうだね。うん、気持ち良いな」

被っていたヘルメットを外した直後なので、殊更風が

気持ち良かった。

そんなに近くでも、そんなに遠くでもないこの場所を

選んだのは、色々と訳があるが、それでも俺達は

二人の思い出がある、この場所へとバイクを走らせたんだ。



それから俺達は、自販機で飲み物を買って飲んだ。

近くにあったベンチに座って、だまって海を見ていた。

「夏も終わってしまったんだな」

俺は、らしくもなくセンチメンタルな気分でそう言った。

「そうですね・・・季節は変わって行くんですよね」

海を見詰めているベルダンディーの横顔が夕日に染まる。

彼女は何を感じているんだろう。そう言えば、今日は

ちょっと薄着だよな、と螢一は思った。



「あ、螢一さんっ?」

「うん、ちょっとね…冷えるといけないから、ね」

螢一は、自分が着ていたライダージャケットを彼女の肩に

そっとかけた。

「暖かいです・・・ありがとう、螢一さんっ」

そっとかけてくれた服の温もりよりも、その思いが嬉しい

ベルダンディーは彼の優しさと思い遣りに心から、そう思った。



季節って、誰が連れてくるのかしら?

風がそっと囁くようにして、彼女の耳元にふれる。

同じ事の繰り返しのようで、時間が過ぎて行く

でも本当はそうじゃない、本当は少しづつ進化して

未来へと径行している事、変化が怖いんじゃない

知らない事が、ちょっぴり切ないだけ...



私はあなたへの風のように

巡る季節に会いに来る妖精の羽

時を紡ぎながら思い寄せながら

あなたの元へと心躍らすの



それはとても小さな声で、懐かしい感じがした

そんな歌を、突然ベルダンディーが口ずさんで

俺はちょっとビックリしたけど、でもきっと

彼女は喜んでくれているんだな、と思った。



潮風に吹かれて。


by belldan Goddess Life.


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再掲載「潮風に吹かれて」
こうして纏めて掲載してみると、継ぎ接ぎだらけの
ヨレヨレジーンズだよね(苦笑)でも、読み易いのは
事実だな、ホント。