風をあつめて 2

「さて...どうしたものかしらねぇ〜」
魔界の長の言われる その女性は 普段の勢いも無く
猫足のアンティークな執務机に 肘を付いて 溜息を付く

数日前の連絡 それが以前別れた亭主からの電話だとしても
今の彼女にとって ひとつの業務のような物だと思うのだが...


彼女の部屋にある 瀟洒なソファに あそび疲れて眠る ひとりの少女

その女性に似て 褐色の肌 切れ長の瞳は 彼女の面影そのまま

「でもね...ここだけが ね」
と 苦笑いして 少女の額の紋章をなでてみる。


でも急なんだから アイツったら しかも至急来るように だって!
あたしを誰だと思ってるの? と言いたい所だけど...

どうして惚れちゃったんだろう? そんな自問自答を繰り返し
それに飽きたのか

「まぁいいわぁ〜久々に会いに行くってのも 面白いし♪」

人間なら 養育費よこせ! とか 色々言っちゃうよね〜 なんて
クスクス笑いながら

「ね♪ウルドちゃん♪」 

寝返りをうったのか かけていたブランケットがずり落ちている
それを少女にかけなおして 頬にキスする姿には 愛情と言う言葉が
似合う。

「大好きよ♪」

そんな母の思いも他所に 運命の歯車は無常に回り始めていた。




天上界でも その知らせを受けて 最高会議が行われていた。
反対意見も夥しい数がでるのだが いずれも却下されて

「それは非常に危険ですっ!」
「天界と魔界のバランスを鑑みても 判る事だと!」

議長である 最高責任者は

「諸君 新しい時代が 新しい息吹が ここに感じられんのかね?」
と言って 皆を制止ます。

ただ一人の男だけが 「それは面白い…」と彼の意見を見ていました。


それが旧制の…今で言うタブレット制だと思っても 最高責任者の取った行為と
それ以前の出来事は とてもエポックメイキングな事でした。

魔界の者と恋をした…

異世界の住人との疎通は 昔からかなりの困難を極め 誰もそれを尋常ではないと
思うほどのものでした。

裁きの門 それは旧時代の産物ではあるが 今でも機能し 門番的役割を担い
異世界とのコミニュケイションを狭くしていたのも事実であったのです。


「ねぇ?どこに行くの?ママ?」
母親に手を引かれるままに どこに向かうのか分からないウルドは

「もしかして…あそかなぁ?」
ちょっと楽しくなって聞きますが

「・・・・・・・」
と母親は答えてくれません

「おかあさん?どうしたの?」
急に淋しくなって そう聞き出すと

「ちょっと黙ってて ね」
淋しそうに笑います

いやだ…何だか嫌だ…きっと悪い事なんだ…
泣いちゃいそうになるけど そうしたらお母さんを悲しませる
そんな思いが先に立って

「はぁ〜い お利口にしてま〜す」
そう言うのが精一杯だったウルド

不安を胸に その小さな胸に…



吹き荒れる風が ウルドの頬をさらに緊張させるので
母親の手を きつく握り締めると 同じくらい握り返す

 おかあさん…


始めて来た 天上界と魔界の狭間 一人の男が立っていた

ウルドの母親は 気丈に前を睨みながら そこへ歩いて行く

「待たせたかしら?」 そう言って笑顔を作るのだが 何処かぎこちない

「着てくれて嬉しいよ あれからもう何年経って…」

男がそう言い掛けたのを制止

「あなたって人は…どうして?…いつもそう!」

自分勝手に一人で決めて それが世界を変える?そんな事信じられないわ!

「この世界…魔界と天上界…それに人間界に及ぼす影響…それに付いて君は…」

男がそう言いかける 

「あなたは!母親と娘が離れ離れになる事に付いては言及無しなの!」

そして

「あなたは…あなたの娘であるウルドをスケープゴートにするつもりなの?」

その声は少しうわずって 涙声とも何とも言えない悲しみに満ちていた



その男は ウルドを連れて天上界に行き 彼女を女神として育てると言う

もちろんウルドは 女神としての資質も持ち合わせている

それと同等に 魔界の長としての資質も…



「しかし…君も大変な立場に置かれていると聞いてるが…」

男は ウルドの顔を見 笑顔を作るが 彼女はそれに気が付かない

ウルドの母親の立場 それはもちろん魔界のトップとして君臨しなくてならない事

そして後継者となるべく娘がいる 居るには居るが…その娘が天上界の住人との間に

生まれた…言わばハーフと言う 純血族とは違うと言う事実に 自分の置かれた立場と

力関係の拮抗が 魔界のバランスを著しく崩している事を彼なりに懸念していた。

「だから…」

だから それは君の為にもなるんじゃないか?と

「くっ!…」

それは否定できない事実だ やはりこの男 頭が切れる…

そこに惚れたのだ 悔しいが認めざるをえない...

「分かったわ…だたし!」

ただし これはひとつの貸しなのよ と母親は言う

「ちゃんと利子付けて 返して貰いますからね」

その言葉 そして立ち振る舞いは すでに魔界の長 その眼光に見詰められたら

きっと石になるに違いない…

「ウルドちゃん…今日から この人の言う事を聞いて お利口に ね♪」

しかし あくまでウルドを見詰める眼差しは優しい

「お おかあさん? どうして?」

どうしてあたしをひとりにするの? と母親の手をさらに強く握ると

「い〜い?お母さんは とっても忙しいのよ?分かるわね?」

「う うん...」

本当は離したくはない だけど今は…

自分に言い聞かせる為なのか 握っていた手を強く振りほどいて

「じゃ〜ね♪」 と踵を返し そのまま立ち去って行く

後ろ姿は 娘の姿を見返すことも無く 凛として…

「おか…あさん?・・・」


それまでのウルドは 魔界でもひとりぼっちが常で やはり魔界でも疎外感を抱いてた

魔界の者と違う… 会う者はウルドが魔界の長の娘だからと 丁重に扱ってくれるが

その実 影では天上界と魔界の間に出来た半端者だと陰口を叩いていたのだった。

母親だけが味方だった なのに今は誰もいない 本当にひとりぼっち…


不安な気持ち その思いはすぐに表情に出る

男はそれを悟って 手を伸ばす

「ウルド 行こう。 君に紹介したい者がいるんだ」

彼女に妹がいる事を告げる男 そして差し伸べる手

「いもうと?」 不思議な顔をして でも何だか暖かくって

思わず差し伸べてくれた手を握り締めた。


まわりの風が 表情を変える その風はさっきまでの風を何処かに運んで行ったらしい

頬に当たる風が 何だかやわらかい と彼女は思った。


 

 以降続く