その、目線の先には...

時々キャンパスで見かける女子がいる。
いつも、どこを見ているのか、その姿は
飄々として、捉え所の無い印象がある。


名前は…沙織と知った。


友人達は「沙織は変わり者」だとか「ただの無口」とか
とにかく本人からは、何も言わないのだ。
声をかけて誘ってみても、その気なら黙って着いて来るし
嫌なら、そのまま振り返ってどこかへ行ってしまう。


ある日、私鉄のある駅へ向かう彼女を偶然発見してしまった。
俺は単なる好奇心で、彼女の後を追ってしまう。
ああ、言っておくがストーカーとかの類じゃないぞ。
そして偶然にも、その駅は俺の通学路上の基点でもあった。
そんな訳で俺は、自然に彼女の行く方向へと歩を進めた。


同じ車両、ちょっと遠い席、見るとも無く見ている俺
やがて電車は、俺の降りる駅を過ぎ、海岸線を走って行く。
「久々だな」
幼い頃、両親に連れられ、また友達と一緒に海へ行ったものだ。
そんな事を思い出しながら、揺れる電車の心持を感じていると
やがてある駅に止まった。
彼女は、その駅に降りた。
俺も慌てて下車した、その駅は誰も居ない無人駅だった。


沙織は海を目指して歩き出して行った。


夏の終わりの砂浜、人影のない桟橋
彼女はそこまで来て、遠くの海を見詰め出した。
俺は堤防から砂浜に降りて、沙織の姿を探した。
「あ、いたっ!」
桟橋に座って、海を見つめている女子…何かそれだけで
とても絵になる、と想像してしまうのだ。
しかし待てよ…まさか、自殺?そんな、あり得ないよっ!


慌てて彼女のいる桟橋へ走り出した。
後先考えずに ね。


息を整えて、俺は彼女に話しかける
「ねぇ 同じ大学の人だよね?」
彼女は振り向きもせずに、海を見ている。
「ほら国文学科の…」
反応はまるで無しだ。
俺はもう返事なんか貰えないのを覚悟して
「ねぇ 何を見ているの?」


「…別に」
彼女から返事が来たっ!
「そ、そう…」
実に素っ気無い返事だったけど、その声を聞くと
何だかとても嬉しくなってしまった。
もしかしたら俺は、彼女の声が聞きたかったんだな
だから返事なんて、どうでも良いと思った。


水平線をぼんやりと眺めながら、何時間が過ぎたのか
俺は彼女、沙織の横に座りなおして、同じ景色を見ていた。
彼女はそれを拒まない…横に座る俺を否定しない、つまり
悪くは無いって事だろうか。それともまったく無関心なのか。
時折、潮風が彼女の髪を揺らせて行く。
「あの・・・」
「何?」
「海が好きなのか?」
「…別に」


さっきより会話が続いた。これって進歩じゃないのか?と俺は思った。
もちろんただの独りよがりの思い付きって事は、百も承知だけどね。
波の音がする。寄せては返すその波のように俺達も、会話も
少しずつだけど…いつかは寄り添う事もあるのだろうか。


遠い海と空が交わる場所…それが沙織の見てたもの
俺は彼女の事を、もっと知りたいと感じ出していた。



 その、目線の先には…


by belldan Goddess Life.


スクラテスさんのイラストからインスパイアされて
物語が浮かび上がりました。ありがとうございました(^^
イラストはスクラテスさんサイト「空で紅茶を」にございます。