真夏の夜の森里家

他力本願寺の裏には森がある。
その森の中には、井戸のような穴があると言う。


「そこに落ちちゃうとねぇ…もう帰れなくなるのよ」
「まぁ!」
「ひぇぇぇぇぇっ!」
ウルドは真剣な面持ちで、静かに話を続けた。
「ほら私たちってさ、女神だから大丈夫だと思うでしょ?」
「ええ…それは」
「だだだだ、大丈夫よねっ!ねっ!おねーさまっ!」


同じく話を聞いている俺としては、いさかか大袈裟だと
思っているのだが、約1名の反応はとても過敏だった。
「ウルド…夏だからって怖い話をするのは良いけど…」
スクルドだけが敏感に反応しているだけだぞ、と俺は言った。
「螢一さんっ?螢一さんは怖くないのですか?」
ベルダンディーは、とても不思議そうに俺の顔を見つめる。
それから俺の手を取って「私がついてますからっ!」と
その自愛満ちた瞳を潤ませて言うのだった。


ウルドからの怖い話に、非常に反応しているスクルドだが
俺の手を取ったベルダンディーの手を強引に引き離して
「おねーさまっ!あたしのそばに居てっ!」
と、涙を浮かべて哀願する。
俺は、まかたよ〜と思うのだが、この事態では仕方ない事だと
思った。
「はいはい、ちゃんと傍にいますよ」
ベルダンディーは、スクルドに優しく言った。
「これで怖いもの無しだわっ!」
スクルドの瞳に、確信満ちた光がよみがえった。


良かったな、と俺は思った。
しかし当事者であるウルドの反応が変だ。
「よ〜し、だったらこれから裏山に肝試しに行こうっ!」
「あたし行かないもん!」
「姉さん…もう遅いですし…」
ウルドは、何を言うのっ!とふたりを見据えて
「肝試しってのはね、夜に敢行するのが習しなのよ!」
俺は本当に行くのか?と聞いた。もちろんよ!と返って来た。


ベルダンディー どうする?」
俺はベルダンディーに、出来れば止めようと伝えたのだが
ウルドに却下されてしまった。
「螢一っ!あんた男でしょ!ちゃんと私達の護衛をしなさい」
護衛と言ったって、女神達の方が、力を持ってるじゃないか
それにウルドの話は、マジでうそ臭いしなぁ…
それとも何か?法術で既成事実を作って用意しているって事?


熱帯夜のこんな日には、とても打って付けだと思ってた
ウルドの怪談話なのだが、どうやら、とてもややこしく
なりそうな気配が濃厚だ...。


ともかく出かける用意をしなくては、と各人が部屋に
散って行く。俺はともかくとして、スクルドの事が
とても気掛かりになる。
ベルダンディー スクルドは大丈夫なのかい?」
「ええ、大丈夫ですよ。ちゃんと見ていますから」
優しい笑顔が返ってくる。
「そうか…そうだよね、ベルダンディーついてるもんね」
俺は彼女の笑顔に安堵してそう言った。
「それに私には・・・あなたがついてますから」
ベルダンディーは俺の胸の中で、甘えるように言った。
うん、満更でもないな…ウルドの作戦にしては上出来だと
本題から外れているのもお構い無しに思った。


「私、着替えてきますね」
ベルダンディーはそう言って、俺の部屋に行った。


スクルドの部屋から、何やら怪しげな音がする。
多分、またしても…大仰なメカが登場するのだろうな
ばんぺい君やシーグルも総動員して、それって一体何を
しに良くのだろうかと頭を抱えた。
「悪霊退散?魔物退治?あと…何だっけ?」
まぁ、いいか、と俺は飲みかけの麦茶を飲み干した。


ウルドが部屋から出てきた。その姿は見事な浴衣姿だった。
艶やかなウルドの褐色の肌に合わせた着物に合わせて
ウルドは髪をアップさせていた。
「うわっ」と俺は思わず声を出してまった。
「うふん…どう?セクシーでしょ?ねぇねぇ?」
「あ…ああ、そうだな」
変な汗が出るから、止めてほしいと俺は思った。
「螢一さんっ お待たせしましたっ」
そこに救いの神…女神さまっのご光臨だ。
ベルダンディーも浴衣姿で現れた。その姿は正しく美神の姿で
俺の理性は確実に崩壊の危機を迎えてしまう。
「ど、どうでしょうか? あの…螢一さんっ」
「そりゃ〜良いに決まってるわよね!」
ウルドの声が遠くに聞こえる…
「あ、ああ…その、とっても似合ってるよ」
「嬉しいっ」
「あ、うん…すごく綺麗だ」


しかし何だ…肝試しに行くんだろ?まぁ、夏だから浴衣姿で
肝試しっては通例かもしれないが、それにしても女神達って
何を考えてるのか?と俺はまた頭を抱える。
「螢一さんっ?あの…大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫さ」
「螢一はねぇ〜あんたの姿に眩暈しているのよっ」
「め、眩暈っ!大変っ!どうしましょう!」
「いやいや、病気とかじゃなくて…」
その、君が綺麗だからだよ、と俺は言いたかったんだけどな。


やがてスクルドが部屋から出てきた。
それはそれは恐る恐ると言った感じでだ。但し、その脇には
ばんぺい君とシーグルも居た。
「あ、あのあのあのあの…本当に行くの?」
「あんたはどこへ行くつもりなのよっ!」
ウルドはスクルドの重装備を嘆いて
「で、なんで浴衣を着ないのよ?」
「だ、だって…浴衣じゃ臨戦態勢に支障を来たすもんっ!」
「ダメ出しっ!却下っ!やり直しっ!リテイクだっつーの!」
「ええええええ!」
スクルド 着付けをしてあげましょうね」
ベルダンディースクルドを彼女の部屋につれて行った。


「ホント、何の為の肝試しなのか分かったもんじゃないわよ!」
俺はだんだん本線から脱線しているのを感じる。
出来ればこのまま着せ替えごっこで今夜は解散ってのが望ましい
それに明日から仕事だもんな…
ホント、どうなるんだろ、と俺はまた頭を抱えた。


 真夏の夜の森里家


by belldan Goddess Life.