Solid Black 8.

「じゃ、行って来るっ」スクルド
あっさりとそう言って、風呂場へ行った。
チャポンと水の音がして、その後は静かになる。
いつも思うのだが、不思議な現象だ。
ウルドの言葉を告げた後、スクルドは満面の笑みで
それはまるで遠足へ行くかのような喜びだった。
しかし・・・「行って来る」か・・・
帰る、ではなく行って来る。
その言葉が不思議な気持ちにさせる。


俺は所作無く部屋に戻ったが、さりとて
何をする訳でもなく、只ぼんやりとしていた。
本当に静かだ・・・それはお寺の母屋だし、寺の敷地内
なのだから当たり前と言えばそれまでだが、それでも
先に行ったベルダンディー達の事を考えても、女神三人が
この家に居ないのは妙な気分だな。
机の上にあるレポート資料に目をやるが、何一つ頭に入らない
机の脇に積み上げたバイク雑誌を手に取ったが同じことだった。
机の引き出し、三番目の奥にある雑誌を引っ張り出して見るが
どうでも良くなった…見ていても何も感慨が起こらない。


縁側に行き、庭を眺めて見た。それから思い付いて厨へ向かい
冷蔵庫を開けて麦茶を取り出そうとしたが、作り置きはすでに
無くなっていた。「あ、そうだった」思い出したが、作るのが
何故だかとても煩わしい気がする。
水道水を飲もうとしたが止めた。
「何か買いに行かなきゃ」
あまり外へ出るのも疲れる気がするが、仕方ない事だと思い
仕度をして、バイクの止めてある納屋へ向かう時の事だった。
「にゃお にゃお」と、猫の鳴き声が聞こえた。
もしかしたら以前ここに居て、突然消えてしまったあの小さな黒猫
なのかもしれない。
俺は被りかけていたヘルメットを脱ぎ、サイドカーのシートに置く
それから辺りを注意深く見つめた。
小さな黒猫は、納屋の後ろから恐る恐るこちらを窺っている。
俺は「おいでおいで」と呼びかけた。
小さな黒猫は、躊躇しているかのように見える。急に辺りが
夕立の降る空のように暗くなって行く。俺は空を見上げた。
しかし空は、何も変わらず夏の終わりの良く晴れた空だ。
おかしい・・・何か変だ・・・


「ばっかやろう!早く逃げろっ!」
俺の背後から声がする、それはヴェルスパーの声だ。
「え?」
そのとき俺は、きっと間抜け顔だったに違いない。
ヴェルスパーがとっさに法術を唱和する。俺は後方つまりヴェルスパーに
引っ張られる格好になる。それでも何とか受身が出来たのが幸いだった。
ヴェルスパーは俺の前に立ち、その子猫を凝視している。
「な、何が起こったんだ?一体どうして?」
どうしてその子猫を・・・と俺は言葉を続けたかったのだが
「螢一・・・お前には感じられないだろうが、コイツは以前の猫じゃない」
「え?なんで?」
「説明は後だ。とにかく部屋に戻れっ!」
何がなんだか、さっぱり分からないが、俺はヴェルスパーに従った。
母屋に入る途中、空を見上げたが、何一つ変わらない夏の空が見える。
ただ、ここ他力本願寺だけが、何かにスッポリと包まれて行く気がする
俺には見えないが、そんな気配がジワジワと心に過ぎった。



Solid Black 8.


by belldan Goddess Life.