Solid Black 15.

遠くへ行きたいと思った。
手を伸ばして、届きそうな場所へ。
空へ、風を切って走り続けたいと思った。


その翌日、俺のバイクが故障した。
講義に出遅れた。バイトにも行けなかった。
財布を落とした。雨に祟られた。
ずぶ濡れのまま、寮へ帰った。
流れる雨の雫をタオルでぬぐいながら鏡を見た。


なんて顔しているんだ、俺は。


「螢一さんっ」


半乾きのままの髪、取り敢えず着替えたスエットシャツ
そのまま布団に倒れ込み、中途半端な自分を笑った。
このまま寝ちまおう。そしたら明日になる。そしたら
きっと違う何かが、違う何かが…
眠りに落ちる刹那の時間、降下して行く魂の震えが
声にならない不安な気持ちを抱いていた。
電話が鳴っている気がする。これは幻聴だろうか。
それとも、深遠の底に沈む俺の本心なのか。


「螢一さんっ」


揺れる揺り篭 一定のリズムで
このまま眠ってしまって、それで何もかも無になる。
それとも空に手が届くような希望の明日が訪れるか。
朦朧とした意識、混沌の海へと漕ぎ出す小船が
ノロノロと動き出す。


君ならきっと「大丈夫ですよ」と言って笑うだろうな。


君って誰だ?それに俺は一体何をしているんだ?
その時風を感じた。それはとても懐かしい匂いを含んで。


「螢一さんっ」


君が居ない。どこにも居ない。この世界に居ない。
俺のそばに居ない。なんでだ?
そして、俺は君の名前を思い出せない。


「螢一さんっ」


その優しさ、その暖かさ。その安らぎの時間。
風になびく髪を見惚れてた夕日のデッキで。
君が振り返る。俺を見る。


「螢一さんっ」


俺は君を忘れない。俺は君を忘れやしない。
君の名は…思い出せっ!思い出すんだっ!
俺はその、夢とも現実ともつかない時間の中で
必死に祈った。


ああっ女神さまっ!」




Solid Black 15.


by belldan Goddess Life.