Solid Black 19.

久しぶりにベルダンディーと散歩に出かけた。
二人きり…ではなくこれからは三人って事になる。
スクルド謹製のスペシャル・ベビーカーに乗った
マリアベルは、始終ご機嫌だ。
河川敷の遊歩道に出て、川面を見ながら歩いて行く。
風が心なしか冷たく感じられた。
トンボの群れが時折通り過ぎていく。
ススキの群生が目立つようになって来た。
これから毎年、この娘の誕生日がこの季節になるのか…
そんな事を考えながら歩いていた。


「ねぇベルダンディー 天上界では何があったの?」
「そうですねぇ…結論から申しますと、この子がダダを捏ねてた
そんな感じになるのですが・・・」
「へぇ〜」
それからベルダンディーは、異世界を飲み込んでしまった影の存在
とか、それを抑える為に姉さん達の力を借りて、自分達の力を解放し
どうにか抑えようとした事とか、そんな話をしてくれた。
「その時感じたのですが、これは悪意ある者ではないと」
「それがマリアベルの影の部分だったという訳か…」
「ええ、そうなんです。世界も人も光と影の融合で出来ているから」
「君の力が大き過ぎたんだね」
「それもあります…ですが、螢一さんっの思いも大きかったんです」


女神は、どちらかと言えば光を介在する存在として天上界に住み
たくさんの異世界を良い方向へと導いて行くのが勤めだ。
その反面として魔界があり、影の存在として多くの間違った者とか
思い、意思などを管理している。
この世界がまだ混沌としている時に、ひとつの意思が生まれた。
その意思が、命を生んだ。それがたまたま双子だったと彼女は言った。
「そのひとりが星歌…マリアの事です」
「双子…それでもうひとりは?」
「現在、魔界長であるヒルドです」
そうか、本当に姉妹だったんだな。俺は納得した。


「それでね、螢一さんっの思いが大き過ぎてしまって…」
「大き過ぎた?」
「光の大きさも然る事ながら、影の大きさも…」
「大きさも?」
「マリアベルひとりで、全ての世界を取り込んでしまう位なんですよ」
「でも、それって…つまり君の愛情も大きかったって訳だよね」
「それは…螢一さんっもですよ」
もし私が帰れなくなってしまっても、この子が彼を守ってくれる…
そんな弱気にもなってしまった自分が情けないです。
私の帰る場所は、ここしかない。螢一さんっの傍でしか有り得ないのに。


「私ね…すごく淋しかったんです」
「それは俺も同じだよ」
それから俺は、ベルダンディー達が天上界へ戻った後に起こった
様々な事を話した。
現実とも夢とも判断がつかない世界で、途方に暮れてた自分の事とか
過去にでも経験していない出来事や、知らない人との出会いとかを
ベルダンディーに話した。
「それは…つまり螢一さんっの過去世で起きた出来事でもあるんです」
「過去世?生まれる前って事?」
「それもありますが、人間は転生輪廻を繰り返して生きている存在」
「聞いた事があるよ」
「だから、その時代に…螢一さんっが生まれる、もっと前の出来事を
その異相空間で追体験したと思うのです」
「そうなんだ…でも、俺は覚えてないよ」
「覚えていたら、転生した事になりませんから」
「どういう事?」
「だって、ゼロからスタートするのに過去の記憶なんて邪魔ですよね」
「ん〜なるほどね」
「でも・・・私は螢一さんっの過去世、全て知ってますよ♪」
「ええ!? 教えてほしいなぁ〜」
「ふふっ 内緒ですっ」
あなたの事を知って、そしてやっと今、巡り合えたんですもの…


夕日が暮れていく中、俺たちは歩くのを止めた。
茜色の染まる西の空を見ながら、河川敷で遊んでいた沢山の人達が
家路に帰るのを見ていた。
「これが本当の幸福の風景なんですよね」
「うん、ごく普通の…当たり前の事なんだけどね」
「螢一さんっ」
ベルダンディーは俺の名を呼び、抱擁して来た。
「螢一さんっ 螢一さんっ!」
ベルダンディーは瞳に涙を浮かべながら、俺をきつく抱きしめる。
「ずっと傍に居てほしいです。離れたくありませんっ」
それは俺も同じだよ、ベルダンディー
俺は答える代わりに彼女にキスをした。


ふたりの影が河川敷の遊歩道に長く伸びて、そして
ひとつに重なっていた。


Solid Black 19.


by belldan Goddess Life.