10月の雨

 ワールウインドからの帰り道、いつもは通り過ぎる書店に
ふと目が留まってしまって、路肩にバイクを止め店の前に立った。
「螢一さんっ?何か…探し物でも?」
サイドカーから降り立った俺の女神さまっは、不思議そうにしてた。
「うん、ちょっとね・・・」
俺は当ての無いままに、バイクを止めて、書店に来たものだから
答えに窮していた。
空はすでに薄暗く、その多くを厚い雲が隠していた。
薄暗い明かりの中で、誇りを被った古い書物や雑誌を何気なく見ながら
ふと目にした本のタイトルが気になった。


「北欧の古書店で」


北欧ってのが気になったのか、それとも古書店ってのが気になったのか
それは定かではないが、妙に気が引かれて、手に取ってしまった。
「その本が探していた物なんですか?」
ベルダンディーは、良かったですね、とわが事のように喜んでくれたが
実はたった今、気になって手にした本なんだな。
その事を彼女に告げると、彼女はうふふっと笑って見せた。
「面白いですね。ちょっと冒険っぽいかしら?」
そうだよな、俺にしてはちょっと冒険だよな、と思いながら
この際だから、この本を買って読もうか、と考えた。
「この本、買ってくるよ」
俺はベルダンディーにそう告げると、レジまで向かった。


その間、彼女は書店を興味深そうに眺めては、目を細めていた。
時折、気になるのか、本に付着してある埃を指ですくっては
ポケットから取り出したティシュで拭っていた。


「おまたせ…」
「はいっ!」
「じゃ、行こうか」
「ええっ!」
店先に出てみると、パラパラと雨が降り出していた。
もちろんバイクには雨対策もしてあるし、帰りも大丈夫なんだけど
降り始めの雨の匂いと、埃を被った古書店の本の匂いが何とも言えず
懐かしい気持ちにさせるのであった。
「雨か・・・」
「ええ、雨ですねっ」
何だかベルダンディーは、とても楽しそうだった。
天から降り注ぐ雨、それは慈雨だとで言うのだろうか、この世のありと
あらゆる物を浄化して行こうとする、その細い雨は、しかし確実に
街路の埃を流し去って行くんだろうな。
「ね、ベルダンディー このまま帰るのも良いけどさ、ちょっとだけ
雨宿りして行かないか?」
「わぁ〜良いですねっ!螢一さんっ どこで雨宿りしますか?」
俺は、少し考えた。それから通りを見つめて見たが、何も無い。
どうしようかと思案していた所、店の店主が
「良かったら、お茶でもいかがですか?」と言ってくれた。


俺たちは、その言葉に甘え、店主から進められてお茶を頂いた。
俺が買った本の事とか、以前北欧旅行をしてた事とか、色々聞いた。
その度にベルダンディーは「わぁ〜」と感嘆し、店主を喜ばせた。


小雨になった頃を見計らい。俺たちは店主に礼を言い、別れを告げた。
この位の雨なら、もう大丈夫だ。着ているジャケットでも十分だ。
ベルダンディーの乗るサイドにはシールドがあるし、小雨なら
避けてくれるだろう。
バイクにまたがり、キーを差し込みセルを回す。心地良く乾いた
フラットツインの音が街路にこだまする。
ベルダンディーがちゃんとサイドに乗車したのを確認した後
ウインカーを右に点灯させ、バイクは本流に合流した。


雨がだんだんその勢威を小さくし、すっかり止んでしまった頃
「雨上がりってステキですよねっ」
ベルダンディーは嬉々として言った。
街路を見ると、いつもはぼやけて見えているネオンや信号機も
何だか新鮮さを取り戻したような気がする。
空気中の埃が雨によって洗われてしまったんだな。
「うん、キレイだ」
俺は短く答えて、それからこう思った。


君のその思いの方が、もっとキレイだよ。


もちろん声に出しては言えなかった。その代わりに
「あのお店、ちょっと埃ぽかったよね?」
そう苦笑いしながら言うと
「ええ、お掃除したかったですっ!」
これまた嬉々として彼女は答えた。



10月の雨。


by belldan Goddess Life.