時の来訪者

「森里く〜ん、ちょっと留守番頼むわねっ!」
千尋さんは、ベルダンディーの腕を取り、いそいそと
出掛ける準備をしている。
「あのぅ…螢一さんっ?良いんでしょうか?」
ベルダンディーは、俺の方を見ると、少し不安げな顔で
「あの…私もお留守番すると、千尋さんに・・・」
「ああ、良いって良いって!」
俺は、二人が買い物に出掛けるのを快く受けた。


女二人の買い物…まぁ、一人は女神さまっなのだが
男には分からぬ様々なものがあるのだろうと、俺は推測し
二人の元気な「行ってきまーす!」の声を聞き届けた。
さて…


とは言うものの、来店者はおらず、暇な店を見渡しても
これと言って何をする訳でもなく、ただただ時間が過ぎて
行くのを待つ…そんな状況だ。
「頼まれてた修理は、ほぼ終わったしな…」
手持ち無沙汰な俺の右手には、使い慣れている愛用のスパナ
が用途とは別の行為で、俺の時間に付き合ってくれている。


誰もいない…俺しかいない店は、静寂に包まれている。
とくかく、お茶でも飲んで店番するしかないと俺は思い
カップティーパックを放り込み、ポットからお湯を
注いだ。
俺の好きなアールグレイベルガモットの香りが鼻腔を
くすぐる。
「ふぅ〜良い香りだな」
ストレートで飲んだ。さすがにベルダンディーの淹れた
紅茶には敵わないが、それでも心がホッとする。


その時だった。店の入り口のドアがカランと開いた。
俺はとっさに「あ、いらっしゃいませ!」と言った。
思えばこれも条件反射なんだよな、俺も慣れてきたんだ。
「ちょっと良いかな?聞きたい事があるのだが…」
店に入って来た客は、チャコール・グレーのスーツを
着こなしている紳士だった。その紳士は頭に被っていた
帽子を取ると、俺に表にあるBMWの事を尋ねてきた。


俺は椅子を進め、その紳士に腰掛けてもらった。
「それで…表にある、あのサイドカーの事なんだが
あれは売り物かね?だとすれば、幾ら位なんだね?」
俺は、ちょっと拍子抜けしてしまった。あのバイクは
俺のバイクだし、売り物でもないが、欲しいと思われる
のは、つまりは良いバイクって事だ。
「すみません…あれは売り物じゃないんですよ」
俺は申し訳無さ気にそう言って
「実は、俺のバイクなんですよ」と言葉を続けた。


「そうか…」
紳士はとても残念そうにつぶやいた。
残念だけど、こればかりは仕方ない…申し訳無いと思い
俺は、紅茶を紳士に勧めた。
「あの、テーパックなんで、申し訳ないですけど…」
「ああ、ありがとう。頂くよ」
紳士はカップを手に取り、紅茶の香りを嗅いでいた。
「これはベルガモットだね。良い趣味だ」
満足気に、そう言った。


こんな時に、ベルダンディーが淹れてくれる紅茶が
あれば、どんなに良いか…


「君は…バイクもお茶も、趣味が良い」
紳士は俺の顔を見ながら、笑って言った。
「あ、ありがとうございます」
俺も思わず、笑って答えた。


「ところで君は…将来何になる積もりなんだね?」
突然紳士が、質問を始めた。
「何か、将来の夢、希望はあるのかね?」
俺は少し考えた、この紳士は悪い人じゃないし
新手の勧誘とかでもなさそうだ。だから俺は
「ええ、俺の夢は、自分のバイクショップを経営する事
そして希望は、俺の好きな人と幸福に暮らして行く事です」


「好きな人?そうか…君には恋人が居るんだね
どうだろうか、その恋人の事を聞かせてくれないか?」
紳士の問いに、俺はベルダンディーが女神である事を
隠しながら、彼女の素晴らしさを滔々と述べてみた。
その都度、うなずきながら聞いてくれる紳士は
なぜだか、とても嬉しそうだ。
「そうか…君はとても幸せなんだな」
「はい」
「良い事だ」
「ありがとうございます」


それから世間の事、環境問題の事とか話をして
時間はあっという間に過ぎて行った。
「ああ、そろそろ時間だな。では私は帰るとしよう」
そう言って紳士は椅子から立ち上がり
「そうそう、これからも彼女を大切に」と言葉を続けた。


「君たちの幸せを祈っているよ」
紳士は、ドアを開けて店から出て行った。
俺は思わず、その後を追いにドアを開け外を見たが
紳士の姿は、もうどこにも見えなかった。


 ♪ ♪ ♪ ♪


「あなた、行ってらしたのね?」
「ああ」
「どうだった?」
「とても素直な男だったよ」
「で、どうするおつもり?」
「そうだな…その時がくれば・・・」



時の来訪者。


by belldan Goddess Life.