Tea Time.

「さ、寒いっ...」
改めて言うまでもないが、野外は寒い。
俺は愛車のBMWサイドカーを暖気をしていて
その始動までの時間を、所在無くしていた。
「そろそろ、良いかな?」
チョークを下ろし、アイドリングが安定したのを
確認し、ホッとした。


「螢一さぁ〜ん、お待たせしましたっ!」
少し小走り気味で、彼女が駆けて来る。
吐く息が白く、その蒸気した息は空へと向かう。
「ううん、ちょうど良かったよ」
俺は微笑む。そして思うのだが、最近は本当に
自然に笑みが出てくるなと感じた。
その、どれもこれもが彼女のお蔭なのだ。


「あの…螢一さんっ?本当に今日は…」
「うん、大丈夫だよ。今日は要らないんだ」
何の話かと言えば、ふたりで出掛ける時は
決まって彼女がお茶の用意をしてくれて、それが
今日は要らない、と言う訳なんだ。
今日は、俺から誘って、最近見つけた喫茶店
行く事にした。そこは紅茶専門店で、彼女の喜びそうな
紅茶の種類がたくさんある。


この事は、まだ彼女には内緒にしているんだ。


「それで螢一さんっ?今日はどちらへ?」
「うん、きっと君も気に入ってくれると思う場所さ」
「そうなんですか…ちょっと楽しみですっ!」
「じゃあ、行こうか」
俺はバイクにまたがり、それからヘルメットを付けた。
グローブをはめて、ハンドルへ手を伸ばし、ポジションを
確認する。ブレーキもクラッチも、全て問題なしだ。


彼女は、サイドのシートに置かれていた自製のキルトを
取り出すと、すべるようにしてサイドカーに収まった。
自身の膝にキルトをかけて、それからヘルメットを付けた。
「準備OKですっ!」
「OKっ!」
クラッチを切り、ギアをローに叩き込んだ。
クラッチ操作で、バイクはスルスルと動き出して行く。
裏門から出て、表へと続く坂を降り、本線へ出た。


ゆっくり、ゆっくり始動して行く。
それからバイクは、流れるように自然なスピードで
山道を下って行った。




目的の紅茶専門店は、街から少し離れた郊外の公園沿いに
その姿を見せてくれる。
古い洋館を、その時代の名残を残しつつも、最新設備を
施した。居心地の良さそうな場所だった。
「どう?ちょっとした物だろ?」
俺はその洋館を、まるで所有物のように自慢した。
何て言うか、気に入った物を自慢したい…そんな心境なんだと
思う。
「素敵ですね〜あ…この香りは…紅茶ですねっ!」
「そう、ご名答」
「わぁ〜」
彼女の喜ぶ顔…それが見たくて連れて来たんだ。
俺は気に入って貰えて、ホッとしていた。


ふたりで店内に入るとそこは、まるでタイムスリップしたかの
ようなアンティークな雰囲気に包まれていた。
猫足の瀟洒なテーブルと椅子に関心しつつ、案内された場所は
公園の緑が見える窓際の席だった。
彼女は丁寧に使われていたであろう椅子を、手でなぞり
お店のオリジナルのテーブル・クロスを楽しそうに
見詰めていた。
「ステキなお店ですねっ 螢一さんっ」
「本当に気に入って貰えて、良かったよ」
「いいえ、私の方こそ!ありがとうございますっ」
「あ、はは…」


初来店と言う事で、ふたりはお店自慢のブレンドティー
ミルク・ティーで頼んだ。
メニューには、実にたくさんの紅茶が明記してある。
その、どれもこれもが魅力的で、実際に迷ってしまった。
彼女の「これからも来ましょうね」と言う案に則った訳なんだが
ふたりのお気に入りの場所、もしかしたら秘密の場所にも
なりそうなこの場所を見つけた事を、嬉しく思った。


ふたりの時間、それがそのままふたりの想い出となる。
ふたりの場所、それがそのままふたりの時間となって
たくさんたくさん紡がれた時の川を、流れて行こう。
色褪せる事の無い時間、そして想い出がセピア色になって
それを振り返って、微笑む俺たちでいたい。


なぁに、焦る事は無いさ。



Tea Time.


by belldan Goddess Life.