お昼休み

 ワール・ウインド。ここは俺たちが働いている場所。
そして先輩である、藤見千尋さんの店である。
春にはまだ遠い季節、だが、もっとも春を待ち焦がれる
季節の中で、この店の中だけに、ちょっと早めの春が
来たみたいだった。
「森里く〜ん、そろそろお昼にしよっか?」
「あ、もうこんな時間か…そうですね〜」
「螢一さんっ お茶を淹れてきますねっ」
楽しみなのは、やはりお昼休みである。


店の中にあるテーブルに着席するのだが、自然に
誰がどの席か…決まってしまっていた。
千尋さんは、もちろんオーナーなので、自然と上座に
なっているのが面白い。
もっとも、どこが上座なのか、誰も気が付かないのだが。


「お茶、入りましたっ 皆さん、どうぞっ!」
ベルダンディーの、にこやかな笑顔がスパイスなのか
とても良い香りがする。
「いつもありがとね、ベルちゃん」
「ありがとう、ベルダンディー
「いいえ…うふふっ」
さて、肝心なのがお昼の食事なのだが、千尋さんは
何時も通り、店屋物で済ませる。
「今日は、あそこの中華屋さんのチャーハンなのよね」
何でも今日は、大盛りサービスディだそうで、嬉しさも
大盛りって所なのだろう。
「で…?森里くんの、今日のお弁当は?」
「あ、あはは…何時も通りですよ」
そう、何時も通りのベルダンディーお手製のお弁当である。


「さぁさぁ!早く中身をみせてよっ!」
千尋さんは、毎日のお弁当…その中身であるオカズに興味が
ある。
もちろんベルダンディー特製のお弁当だから、ハズレは無し
しかも味付けは、一流シェフも下を巻くほどの出来栄えなの
だから、興味が沸かない筈がない。


俺は、それも何時も通りなんだが、少し照れて弁当の蓋を
開ける。良い匂い…食欲を増進させてくれる、美味そうな
匂いにつられて、鼻腔が擽られる。
「ああんっ!美味しそうねぇ〜!」
千尋さんが、やってはいけない”迷い箸”状態になる。


人の弁当なのに、どのオカズを試食しようかしらと推考中な
千尋さんが、アレ?と首をかしげた。
「…いつものタコさんウインナーが無いわね」
俺も思わず、自分の弁当を覗いて
「ホントだ…」
と頷いてしまった。
そして、ふたり同時にベルダンディーの顔を伺った。


「あ、それはですね…」
ベルダンディーの説明によると、赤いウインナーには
合成着色料が使用されており、身体には宜しくないとの事で
可愛い赤いタコさんが気に入っていた彼女も、今回からは
使用を断念したそうなのだ。
「可愛いのですが…螢一さんっのお体の事を思うと…」
本当に残念そうに、笑顔を曇らせてしまった。


「そうだったのね…それで今日は、普通の腸詰なのね」
「ええ、色彩には欠けるのですが、やはり…」
「そんな事はないよっ!うん、今日も美味しいよっ!」
あたしにも食べさせてよ、と言う千尋さんは
その言葉と同じ速度で、すでに箸を伸ばしている。
「美味し〜い、美味しいわぁ〜」
「わぁ〜本当ですか?嬉しいですっ」


この場合、ベルダンディーの可愛いもの好きと、螢一への
健康への配慮を天秤にかけたのか、どうか…それは
定かではないが、何時もの様な春を連想してしまう
女神さまっの笑顔は、やはり良いものです。



お昼休み。



by belldan Goddess Life.