3月の終わりに

何となく気まずい雰囲気に、言葉も出てこなくて
何時もなら笑顔で「お茶ですよ」と扉を開ける事に
不安も何も感じずに出来るのに...


雨の中に忘れてしまったのかしら、と
あの時の事を思い出してみようとするけど
何だか辛くて、螢一さんっのあの、横顔...


日々の中にある、それは些細な出来事でも
気にも留めないような、小さな事でも
ほんの少しでもズレてしまうと、とても悲しい。
そんな思いを残したくはないから、いつだって
心込めて、接してきたつもりだったけど
何かが狂ってしまった。
それは複雑に絡まった糸のようで、焦れば
焦るほどに絡まってしまうのね。
私はこんな時、どうしたらいいの?
あなたのそばで、笑っていたいのに。


心の中で、あなたの事を思ってみる。
こんなに愛しさしか出てこないのに。


境内にある、桜の木が少しだけ花を咲かせて
ほんわりとした春の空気を漂わせている。
縁側から出た私は、そのまま桜の木の元へ行って
そっと御木に手を添えてみた。
春の鼓動を、その躍動感を、桜は謳歌していた。
「春…ですものね」と、私は口に出した。


春なのにね、と...


それは本当に些細な事で、上手く行かない事だって
たくさんあって、何時でも「大丈夫さ」と言って
笑って済ませる事が出来たのにな...


突然の雨の中に、大事なものを忘れたような
あの時の事を思い出すと、君の事をちゃんと
見れない自分が情けないなと思う。


あの時、持ってしまった感情が悔しいと思う。
「君は女神さまっだろ?何とかしてくれよ」
それは事実なんだけど、だけど、この思いは
間違ってないか?と自問自答を繰り返す。
俺のそばにいてくれるのは、女神さまっ
だけど、俺を見詰めていてくれるのは
それ以上の存在なんだと、どうして分からない?


心の中で、君の事を思ってみる。
切ない思いが、こんなに溢れてくるのに。


ベルダンディー!」
ほら、声に出してみると
こんなに愛しい思いが溢れてくる。
急いで君を探し出す。そして縁側に出てみると
庭の桜の木の元で、彼女が佇んでいた。
その姿は、とても神々しい。でも、そう、でも!
そこにいるのは、俺の愛しい人だ。


気がつけば、俺は裸足で桜の木へと走り出していた。
ベルダンディー、ごめん…俺…」
「螢一さんっ…?」
桜の木に手を添えて、俯いていた彼女の顔が
俺の方を見た。
彼女の瞳から、一滴の後があった。
「ごめん…俺、自分の事ばかり考えて…」
「いいえ、違います。私のほうこそ…」


桜の木の元で、永遠の恋人たちが佇んでいた。




「やれやれ…何時もの事だけど、飽きないのかしらね」
母屋の屋根上で、一部始終を見ていたウルド姉さん。
肩をすくめて、でも、その顔は優しさに満ちていた。



3月の終わりに。


by belldan Goddess Life.