雨に謳歌う

「虹だぁ〜」
それは雨上がりの、水と光の屈折から織り成される
現象だと知っている。科学的に少しは理解もあるが
それでも今、この状況下で虹を見ると、とても
とても感慨深いものがある。
壮大な自然の芸術なのか、それとも天上界からの
メッセージなのか、それは分からないが、でも
何だか心に清涼な風を感じてしまった。


山肌の木々が、とても生き生きとして見える。
それもそうだな、あれだけの雨の恩恵を貰っている。
何て言うのかな?慈雨ってやつかもしれない。
倒れていた自転車を起こし、取り敢えず家に帰ると
しよう。自転車は乗れないが、こうして押して歩いて
坂道を登る道すがら、何だか無性に歌を歌いたくなる。
鼻歌を歌いながら、自転車を押している自分は
一体誰だろうか?とか、そんな事を思って笑った。


眼前にはずっと虹が見えている。
その中心に、きっと他力本願寺があって、そこには
女神さまっ達が居るんだ。
俺はちょっとトラブルに見舞われたけど、大丈夫さ。



お寺の正門が見えるまで戻った所で、門に人影が見えた。
あれは…ベルダンディーだ。折り畳んだ傘を持って
こちらを見つめている。彼女の事だ、多分雨の中ずっと
待っていたんだろう。そう思うと、申し訳ないと感じた。


少しずつ正門に近づいて行くと、そのシルエットが
鮮明になって来る。足元を見ると、かなり濡れていた。
「ごめん…ちょっと事故ってしまって…」
螢一は、照れくさそうに笑った。
「おかえりなさい、螢一さんっ!」
ベルダンディーは、表情に不安と安堵が入り混じった
笑顔をしていた。
本当にごめん、心配をかけていたんだね。
「それから…自転車、こんなになってしまったけど
ちゃんと修理して、元通りにしておくからね」
彼女の相棒とも言える自転車を、こんな風に壊して
しまった悔しさで、声が少し震えた。


その時、ベルダンディーは螢一のそばに駆け寄って
彼を抱きしめた。そして
「螢一さんっなら、大丈夫だと思ってましたから」
「あ、ああ…でも...」
「自転車の事は、どうでもいいんですっ」
そう言って、彼女は濡れた服も気にせずに抱きしめる。
ベルダンディーの体温が、濡れた服越しに伝わって
そのせいなのだろうか、急にその場に倒れこんでしまった。
「螢一さんっ!」
「ああ…ちょっと無理しちゃったかな...」


その後の事は、鮮明に覚えていない。
気がつくと自室の布団に寝ていた。
でも、おぼろげな意識の中で、歌を聴いていたんだ。
優しい声は、そのまま心に染み入って、身体が軽く
感じられて、空中に浮かんでいるような感覚になった。



優しい雨 
降り注ぐ大地に
憂いの時 
安らぎに変える
幾多の海 幾多の河
その一滴 その慈愛
風が運ぶ奇跡 海原渡る鳥達
世界に道標があるように
ここへおいでと 
橋を架けましょう
潤う世界に光を 
あてて虹の橋を
雨上がりに 見上げて
雨に謳歌う 雨に謳歌う。



次回、5月の雨。


by belldan Goddess Life.


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次回でラストです。何の事はない、日常にあるもの。