夏の風景

「暑い・・・」
俺は、そう、縁側で項垂れていて、そのあまりの
軽装も、誰の目も憚らずにいた。
もしこの姿をスクルドに見られたら
「ちょ、ちょっと!ケーイチ!不潔よっ!」とか
言われそうな気がする。気がするが気にしない。
そんな夏の午後、縁側に吊るされた風鈴も仕事を止め
ピタリと動かない。
「暑い・・・」
猫の心境だ。縁側の板敷きの、その中の冷たい場所を
選んで、じわじわと動いてる。


夏、真っ盛りの午後。


「ただいま帰りました〜」
軽やかな声、まるで歌うような声の持ち主は
白い麻のワンピースとお揃いの日傘をさして玄関先に
到着した。
「螢一さんっ〜?あら?居ないのかしら?」
ベルダンディーは不思議に思い、縁側の先を見た。
「あらあら…うふふっ」
と微笑んで
「すぐに冷たいものを用意しますねっ」と言って
パタパタと厨へ向かった。


俺は何も答えられずにいた。
ただ心の中で「ああ、よろしく」と。


程なくしてベルダンデイーは、お盆に麦茶を持って
縁側へとやって来た。
「はい、螢一さんっ」
眼前に置かれた麦茶の入ったグラスの氷がカランと
鳴った。その音だけで、何でだろうか、とても清涼感
が増して来る。
「あ、ありがとう ベルダンディー
「はいっ」と言って微笑みを返してくれる。


俺はうつ伏せになっていた身体を起こして、座り直す。
麦茶を一口飲む。どうしてこんなに美味しいんだろう。
「美味しい」
「良かった」
どこからか一陣の風が吹いてくるようだった。
それが感覚でしかないのが悔しいが。


縁側の風鈴は、またストライキ中だ。


「暑いね」
「ですね」
「海とか行きたいよな」
「今からだと…少し時間が…」
「そうだな」
そんな話を、何となくしていると裏庭からウルドが
やって来た。
「あ〜あ、まるで長年連れ添ったご夫婦のようだわねぇ」
相変わらずの憎まれ口を叩きながら、手にしているのは
どこかの景品のようだった。
「姉さん?それ…何ですか?」
ベルダンディーは、不思議に思って尋ねてみた。
「ああ、コレ?もらい物なのよね…何だかねぇ…」
ほらほら、と包みを叩く。
「何だい?それ…」
俺は何気なく聞いてみた。
「ええと…プール?って…こんなに小さいのに?」
ウルドも不思議がっていた。


俺はピンと来た。ああ、簡易プール…いわゆるアレだ。
お子様プールってヤツだ。
「ちょっと貸してみなよ」俺はウルドからそれを受け取り
包みを明け、中を確認した。
間違いない、プールだ。
確かバイク置き場に、自転車用の空気入れがあったはずだ。
縁側にあるサンダルを突っかけて、俺は裏に回った。


「あったあった…これで膨らませるよ」
ウルドとベルダンディーは、事の次第を不思議に眺めている。
「ちょっと待っててね」
ガサゴソと包みをあけ、中身を取り出し、折り畳まれた物を
広げる。空気穴を探し出して、そこに空気入れを取り付けた。


ちょっとした運動、或いは労働か…ま、関係ないか。
目一杯汗をかいてしまったが、何、コレさえあれば。


丸いプールの完成だ。


「ここに水を入れるんだよ。そしたら簡単プールの出来上がり」
俺の説明に、各々が感嘆を上げる。
「わぁ〜そうだったんですかっ」
「へぇ〜なるほどねぇ」


それから俺たちは仕事を分担した。
俺は水運びで、ベルダンディーは周囲の準備だ。
ウルドは何やらゴソゴソと用意をしていたが、あまり気にせず
居たほうが無難だな。
冷たい井戸水を何回か往復して運んで来た。後で考えたら水道
からホースを繋いで来たほうが良かったと思ったが、それでも
井戸水の冷たい感触には代えられないから。
ウルドとベルダンディーは、何処から持ってきたのか
ビーチベッドとパラソル、そして小さなテーブルを用意した。
「ちょっとしたリゾートよねっ」
ウルドはご満悦だ。
さらにふたりは、すでに水着に着替えている。
何て言うか…凄く得した気分だ。
「螢一さんっも…着替えて来て下さいねっ」
用意してありますから、とベルダンディーは言った。


絶世の美女、ならぬ女神さまっの麗しい水着姿を独占か…
そんな事、それは不埒な思いだ。とは言っても、実際に
そうなんだから仕方ない、とか考えては悩んでしまう。
本当ならベルダンディーと二人きりが良いのだが、それは
無理な相談なんだろうな。
海パンに着替えて、縁側に設営したプールまで来た。
ウルドは、ビーチベッドに寝そべり、どこから出してきたのか
トロピカル・ドリンクを飲んでいる。
ベルダンディーはプールに浸かって、心地良さそうだ。


何だか…本当に楽園ってあるんだなって気がしてきた。


「螢一さんっ螢一さんっ 早く早くっ!」
ベルダンディーは俺を手招きし、プールへと誘う。
「う、うん…」
ごくりと生唾を飲んでしまう。何故だろう。


その時だった。


「ただいま〜!あれあれ?もしかしてっ!」
スクルドのご帰還だ。それに仙太郎くんも居た。
「わー!プールだっ!仙太郎君っ!プールだよっ!」
入ろう入ろうと言って、ふたりは縁側まで来た。


「ベルママー!わたし…また悩み事ができたの…」
お向かいの梨沙ちゃんがやって来た。
「あれあれ?もしかして…プールなの?」
わーい、とはしゃぎながら飛んで来た。


騒がしくなりそうだ。
ああ、そうだよ。俺の周りは、こんなに華やかなんだ。
「ふぅ…」


そのため息が、風鈴をチリンと鳴らした。
夏、蝉時雨も止まる猛暑の庭で。


 
 夏の風景。


by belldan Goddess Life.