水の妖精 2

肩にかかった髪の毛から、水滴が滴り落ちる。
その虚ろな瞳には、悲しみの色が映っていた。
「ここは、どこですか...」
そして、繰り返し自問していた唇から言葉が消えて
小さな女の子は、俯いてしまった。


ヴェルスパーは、この者がこの世界の住人では無い事を
悟ると、慎重に言葉を選んで
「君は…もしかしたら、セイレーンなのか?」
セイレーン。その記号に反応した女の子は、ゆっくりと
顔をヴェルスパーに向けた。
白い無垢の、飾りも何も付いていない生成りの衣装からも
水が滴っていた。
「あたしはシレナ…あなたはだぁれ?」


迷子のセイレーンか…少々厄介だな、とヴェルスパーは
頭を抱えた。このままにして置く事なんて出来ないが
さりとて、オレが水辺まで案内するのは無理がある。
取り合えず何かないかと辺りを探すと、スクルド
簡易ゲートに使用した、大きなタライがあった。


謎が解けてくる。


スクルドの仕業じゃないかっ!アイツ…簡易ゲートで
時空を超えている最中に、異世界の何かを引っ掛けて
しまったんだな。
それがオレの眼前にいるセイレーンの小さな女の子だ。
まだ子供だ。もしかすると親たちが血眼で捜索している
かもしれない。やつ等が我を忘れてしまうと、何をするか
分かったものでは無いからな。
とにかく、落ち着いて対処しなければ、とヴェルスパーは
思った。


「オレかい?オレはヴェルスパーって言うんだ」
ヴェルスパーの対応に、不思議に首をかしげながら
「ネコさん?お喋りするネコさんっ!」
色の無かった瞳に七色の光が宿る。そしてセレナは
子供らしい笑顔を見せて笑った。



それからシレナは、不思議そうに部屋の隅々を見渡して
面白いねぇ、と思った。お喋りするネコさんが居るし
もしかしてここは、不思議の国なのかな、と考えると
心が躍りそうになって来る。
そんな事を思っていると、自分が迷子だって忘れてしまう
のは、世界のどんな子供でもある共通点かもしれない。
事務所の扉が眼に入る。
「アレは何?」
「ああ、あれは外へ続く扉さ」
「外?」
「そう、この部屋の外って訳だ」
「ふぅん...」
この部屋にしても、シレナには不思議空間なのに、それ以上
の世界が展開されている、外の世界。
怖いけど、見てみたい、とシレナは思う。
「ネコさん…あの、外へ行って見たいの...」
「んぁ?外へ…う〜ん...」
近くには河川敷がある。川まで行って、上手くすれば彼女を
元の世界へ送り届ける事が出来るかも知れない。
しかし…しかしだな、オレは店番中なんだぜ?と
ヴェルスパーは悩んでしまう。
そして、自分の意外に律儀な性格にも。


それでも時間は、無常に過ぎて行く。
大きなタライにあった水も、しだいにその量を減らして
行くのだった。



 水の妖精 2


by belldan Goddess Life.


*** *** *** ***


お待たせし…待ってない?(苦笑)