今夜の月は/2

庭に咲く群生の花の香りが、風に乗って
ここまで届いて来る。
朝、そして昼間に感じた香りとは違う、もっと濃厚な香り
が二人を包むようだ。
そっと触れた彼女の肩、吐息のような「あっ」と言う声に
いつも以上に敏感に反応してしまう。
「あ、ごめん…」
いつものように謝ってしまう螢一だった。


「いいえ、それより螢一さんっ?寒くないですか?」
ベルダンディーは、触れ合う肩をそのままにして、顔だけ
螢一の方に向けて尋ねる。
そうか、きっとベルダンディーの方が寒く感じるんだと
螢一は自分が着ていたパーカーを脱ぎ、彼女の肩に掛けた。
それまで触れ合っていたお互いの肩は、離れがたいような
二人の気持ちを代弁しているようだ。それでも大切な彼女が
寒さに震えるのを見て見ぬ振りは出来ず、触れていた肩を
そっと離した。
ただ、大切にしたいと言う一心での行動だった。
「俺は大丈夫さっ」
螢一はそう言って、笑った。


そしてまた、お互いの気持ちを確かめるように触れ合う肩
寄り添う二人のシルエットがひとつ、月明かりの下で。


今まで螢一が着ていた衣服を纏い、彼の温もりを感じて
何時も以上に幸福を感じたベルダンディー
頭を、そっと螢一の肩に持たせ掛ける。
自分の肩に、彼女の重みを感じ、それ自体がとても重要な
使命を帯びているような気がした螢一もまた、幸福感に
包まれていた。


一陣の強い風が吹いた。


「うわっ 寒っ!」
思わず出た言葉、10月の夜空にTシャツ一枚ではそうなる
のは必至なのだが。
「た、大変!螢一さんっ!」
今まで螢一のパーカーを着ていたベルダンディーは、それを
返そうとする。
「だ、大丈夫だよ…それより、そろそろ部屋に戻ろうか」
Tシャツから露出した二の腕をさすりながら、笑い掛ける。
「そうですねっ 中で暖かいお茶を飲みましょう」
二人は立ち上がり、寄り添うようにして縁側から廊下へと
歩き、みんなのティールームに向かった。


いつものちゃぶ台の前、返して貰ったパーカーを羽織り
螢一は、部屋の温度を思う。
外よりは幾分暖かい…そんな感じかな?と思った。
いつもの面子が居ない事もあり、静かで、そして空気が
とても澄んでいる気がした。
「螢一さんっ 紅茶にしたんですが…」
そう言ってベルダンディーは、お盆に瀟洒な紅茶カップ
のせてやって来た。
「ん?この香り…洋酒?」
「ええ、少しブランディーを入れたんです。暖まると思って
自家製ロシア風・ティなので、ジャムも少なめですが…」
「嬉しいよっ ありがとうベルダンディー
螢一はそう言うと、暖められたカップを両手に持った。


こうして手に持っているだけでも、暖かさが有難いなと
彼は思う。それは紅茶の温かさだけではなく、彼女の思いが
本当に暖かいのだな、と螢一は感じる。
一口飲む、紅茶の香りとブランディーの香りと、甘いジャム
の香りがミックスされて、まるで身体に溶け込むようだ。
「うん、本当に美味しいよっ」
「良かったっ!」
ベルダンディーの表情に、こぼれるような笑みがあふれる。


「君が、好きだよ」
それはいつも思ってる事だけど、思わず口に出た言葉に
自分自身でも驚いた螢一だった。
「あ、うん…本当に…」
言って見た傍から、何時も通りの自分に返ってしまった。
でも、俯いていたベルダンディーの顔から、一滴の水が
零れ落ちるのを見た時、いつものように
「あ、ごめん…」と謝ってしまう螢一だった。


「いいえ、違うんです…私、とても嬉しい…」
ゆっくりと顔を上げたベルダンディーの瞳は潤い、零れた
涙の後が見えた。
愛しい人からの心からの言葉が聞けた事に、心震わせて
感涙してしまった彼女は、それが自然の事のように螢一の
傍まで来て、彼に寄り添って行く。
お互いの距離が、限りなくゼロになって行く。


「螢一さんっ」
ベルダンディー
二人の他には、誰も居ない場所で。


お互いが求めるように、その居場所を探すようにして
唇を重ねた。
とても良い香りがする。それはきっと彼女の香りと共に
あの花の群生の香り、そして先程飲んだ紅茶の香りが
複雑に混在し、しかしそれが秩序となって行く。


カオスからコスモスへと姿を変え、二人の思いも重なる。
静寂に包まれた空間に、お互いを呼び合う心の声が響く。



月夜の夜は/2

by belldan Goddess Life.


*** *** *** ***

続きかな。続きかも(笑)