今夜の月は/Fin

その月が、あんなに遠く高く空に輝いている時間
聖なる扉が啓かれんとする。
そこにあるのは、ただひとつの啓示か、それとも深遠なる
奈落への招待状か。
パンドラの櫃を開放し、最後の出てきたものは、希望。
それすらも永遠の時の彼方へ、忘却されてしまうのか。


忘れていたものは、何ですか?


あれから、互いを慈しむ様に湯浴みをすませた。
ほのかに香る石鹸の香りと、上気した身体からほとばしる
匂いだけが、暗闇の中で、唯一の手掛かりとなる。
月明かりに照らされてるだけの、螢一の部屋にふたり
握り締めた互いの掌から、鼓動が伝わって来る。


生きている音、心拍数がリズムを変えていくのが分かる。
手繰り寄せた彼女の体を抱きしめて、同じリズムを奏でよう
とした。


小さな吐息が生まれ、そして消えて、また生まれる。
まるで残された時を惜しむかのようにして、生命の息吹を
全身全霊で感じていたい。
重なり合うリズム、重なり合うメロディー、これが宇宙の歌
なのだろうか。永遠の時の中で、この世界で、螢一は彼女と
一体になって、溶けて行った。


その安堵の中、安らぎの中で彼は夢を見た。
遠い遠い記憶を呼び起こしたかのような世界の中で、彼は
女神に出会う。
主観から俯瞰へ、また主観へと目まぐるしくかわるアングル
見知らぬ自分と対峙して、見知らぬ自分から全てを視た。


ベルダンディー? そうだった、君は女神…


そしてまた、彼は深い眠りに落ちて行く。
傍らに愛する女神が、よりそうのようにして眠る場所で。


今夜の月だけが、それを見詰めていた。




夜の帳が開かれて行く。その重い緞帳は、優しさのヴェール
として漆黒、藍、そして紫色の色を変えて行った。
東の空に眩い光が見え、やがて光の道を伸ばして行く。
生きとし生ける者が、すべからず目覚める時が来た。


朝、どちらかともなく目が覚め、お互いを確認しようと
手を伸ばす。大丈夫、ちゃんとここに存在している。
体を起こす前の、甘い囁き。
螢一はベルダンディーの耳元で、優しく
「おはよう」と言った。
そして彼女の耳たぶを、甘噛みした。
「あん」と小さな叫び、少し怒って、ちょっぴり拗ねて
そして、甘えるように「おはようございますっ」と
螢一に微笑みかける。
ふたりの身体の温もりが残る布団の中で
まだ、互いが離れ難いのだろう
ふたりは、確認するかのように抱擁し、唇を重ねた。


「あのさ、夢を見たんだ」
「どんな夢ですか?」
「うん、不思議なんだけど、遠い昔に君と出会っていた
そんな夢なんだよな…」
「え?!本当に!」
「うん…ねぇ、ベルダンディー?君なら知ってるよね?」
「ええ、知ってますっ だって私…」
「だって?」
「もう、ずぅっと…あなたの事を知っているのですもの」
そう言ってベルダンディーは、螢一を抱きしめて
「ずっと好きだったの…やっと思いが叶ったの」
とても嬉しそうに、そしてちょっと涙ぐんで彼女は
螢一に、そう伝えた。


螢一は人間だし、生まれる前の事は分からない。
深層心理の中にはあるだろう過去の思いも、思い出せない
が、それでもこの愛しさの意味を考えると、少しくらいは
理解できそうだと思った。


忘れていたものは、何ですか?


いいえ、忘れてなんかいません。だって私、ずっとずっと
あなたの事を愛しているのですもの。


「愛しているよ、ベルダンディー
螢一はまた、そっと呟く様に声に出した。
「ずっとずっと、これからも…」


庭に咲く群生の花が、風に揺れた。
その風は、遥か彼方から、遥か彼方へと通り過ぎる風。
透き通った透明な、ふたりの思いを乗せた風。
その風に花の香りがした。


ここは、どこだ?


ここは、ふたりの場所だよ。


愛する君へ。



 今夜の月は/Fin


by belldan Goddess Life.


*** *** *** ***


微妙、ギリギリな表現に挑戦したが微妙(笑)
同じテーマ(シチュエーション)を表現を変えると言う
そんな実験みたいなもの。
想像力を駆使して、読んでみたいって感じで
うまく伝わるか、それすらも微妙(苦笑)


まぁ、お幸せにって所ですネ...