秋の気配に

日毎に肌寒くなる季節
そろそろセッテッイングを変えてみようかと
あれこれ思案している夕暮れ時
店先からバイクの排気音が聞こえて来た。
「あら、もう閉めようと思ってたのに...」
閉店間際のお客さんの登場だ。


それでも笑顔、さすが商人の千尋さんだ。
「さて…ここで問題です!」
千尋さんは俺に向かって指差した。
「はい?」
作業の手を止めて、恐る恐る千尋さんを伺う俺。


「あたしはちょっと用事があるから、後はお願いねっ」
ウインクひとつ、足早に店を出て行った。


―やれやれ、また残業かよ...


それでもバイクの修理は楽しい。具合を悪くしたバイクが
この手でみるみる元気になって行くのは嬉しいものだ。
心配そうにしていたお客さんの顔が、だんだん笑顔になって
くる瞬間って、何でだろう、俺も嬉しくなるよ。


それからやっと閉店作業を終え、扉の鍵を閉めたの時は
すでにあたりは暗闇に覆われていた。


夜、彼女のいないサイドカーの座席を見て
フッ、と溜息を付く。
少しの間、目を閉じて深呼吸をした。
もうあたりの空気が冷たく感じられる。
深まりつつある秋の空気だ。
彼女の面影を追って見る。「螢一さんっ」と声が聞こえて
来るようだ。
だんだん心が暖まってきた。


「よっし、帰るか」
コツンとタンクを叩く。相棒のバイクも暖まって来た。
スロットルを開ける。
俺たちの鼓動がシンクロして行く。
スルスルとすべるように表通りに出たバイクは、その先の
交差点へと合流していった。


by belldan Goddess Life.