節分のあとで

「君は、本当に歌が好きなんだね」


「はい、大好きなんですっ」


「ぜひ、聴きたいな」


「え? その…歌ってもいいんですか?!」


久しぶりに俺たちは、ふたりだけの時間を過ごしている。
とは言っても家の中、縁側に座ってお茶を飲んでいるだけ
それだけなのだが。
ベルダンディーの淹れた梅の紅茶は、初春を祝うようだし
それに喉にも良いみたいだ。
「はいっ 螢一さんっ」
差し出されたティーカップ、ソーサーを持ち、我ながら
気の利いたセリフを言った、と思っていた。


「ではっ コホン、歌いますねっ!」


ベルダンディーが自身の胸元に手を組み、深く深呼吸して
いざ第一声を出そうとした瞬間だった。



「待て待て待て〜! ちょっと待ったっ!」
ウルドが慌てて飛び出して来た。
そのあまりにの騒々しさに、俺は驚いて振り向いた。
「ちょっと螢一ぃ〜! いいかしら?」
「はっ? どうしたウルド?」
俺は襟首を掴まれて、ズルズルと居間まで連れて行かれた。


「ちょっと螢一!? アンタ…死ぬ気なの?」
いつもなアンニュイな表情しかしないウルドだったが
この時ばかりは違っていた。
とても真剣だった。
「へっ? なんで?」
本当に俺は分からなかった。
「もう忘れたのっ!?」
「何を?」
「あ・の・ねぇ…あの娘が歌いだすと、とんでもない事態に
なる事、覚えてないの?」


俺はいつぞやの学園祭、それから街中がパニックになった事
を思い出した。
「あのさ…ヤバイ…かな?」
嫌な汗が背中を、まるで滝のように流れ出している。


ウルドはコクコクと頷いている。


「あの…何か方法って…ない?」
恐る恐るウルドに尋ねてみた。


ウルドは、その時を待ってましたと言わんばかりに微笑み
俺に、告げた。


「簡単よ! あの娘の歌が出てくる部分を塞ぐのよっ!」
「塞ぐ? 何で?」
「それは、ここしかないわねっ!」
そう言ってウルドは、俺の唇を指した。


「はぁ!? それって…」
「そう、それ」
「えっと、イイデスカ?ウルドさん…」
「なぁに?」
「いわゆるそれって…キ…」
「ス…だわよ! さあ行け!青年よ!大志を抱け…じゃなくて
娘を抱くのだ〜!」


ウルドはスッと立ち上がり、左手を腰に、右腕でガッツポース
を決めた。


「何なら…アタシで練習してから行く?」
「イエ、ケッコウです…」


さあ、決戦の時が来た。勝鬨を挙げようと思う。
しかし…まったく勝てる気がしねぇ...。


おわり。


by belldan Goddess Life.