熊さんの夏休み

夏は暑い。それは森羅万象の理でもあるのだが、それにしても
毎日毎日、こんなに暑いと身体の影響も嬉しくは無いのが本音だ。
風の凪いだ夜とか、執筆には向かないな、と思いながらも
迫りくる締め切りには抗えない。憎き編集者め、と呪いの言葉を
吐いてしまうが、それも自業自得なのだ。
「いっそ逃げ出すか?」
そう嘯いてもみたくなるってもんだ。
自室から出て台所へ向かう。冷蔵庫を開けて冷えた例のブツを
おもむろに取り出した。


プシュっと軽快な音と共に、みるみる喉から涎が溢れ出しそうだ。
喉越し、それはビールへの作法とも言える。
ゴクゴクゴク…「ぷはぁ〜旨いっ」
ビールを飲みながら、ふと思い出した。そう言えば、あのお寺の
美女は息災なのだろうか。最近忙しくて、お寺の上にある庵にも
足は遠退くばかりだ。
リフレッシュを兼ねて、明日にでも行ってみようかと考えた。
なぁに、編集には集中出来るからとか何とか上手く言えば良い。


翌朝、見事に晴天だった。
ノートパソコンを入れたバックと、冷酒を入れたクーラーボックス
そして、まるで置手紙のような文章の…書置きだ。


”探さないでください”


まるで家出少年のような言葉に苦笑するも、さならが間違ってない
そんな気もした。
電車に揺られる事少し、目的地に着いた私は、目指すお寺へと
足を急がせる。
もちろん私の庵に仕事に行く訳なのだが、心のどこかにもうひとつ
の、それはそれは大事な目的がある。
肩に掛けたクーラーボックスをポンと叩く、きっと気に入ると思う。
それに何だか彼女、そう褐色の美女と一献ってのは、想像力が増して
大いに作品に影響を及ぼす事だろう。
もしかして彼女は、ミューズなのか? そんな事を思いながらの
坂道は息も上がるが、楽しくって仕方ない。


程なくするとお寺の本堂の屋根が見えてきた。
小高い丘は、地上よりも少し気温が低いらしい。
一陣の風が心地良い。
見上げた空に、小さくはぐれた雲が浮遊している。
夏の虫の音と、木々のざわめきと、そして静寂と。


正門に着いた頃には、背中は汗びっしょりだったが、心地良い風と
太陽の光が心を浄化してくれるようだ。
正門を通り、母屋の方へと向かう。静まり返った境内は、まるで
時が止まったかのようだった。
現在暮らしている世界とは違う別世界…そんな感じもする。
母屋の玄関に向かう最中、あの褐色の美女がこちらに気がついた。
「やぁ久しぶり」 私は声を掛けた。
「もうすぐ来ると思ってたわ」 美女は目を細めて微笑む。


「持って来たんだ」
私はポンとクーラーボックスを叩く。
「待っていたわ」
そう言って美女は、嬉しそうに笑った。



「ウルド? お客様なの?」
母屋の奥から声が聞こえた。彼女の妹さんだ。
「そうよぅ〜小説の先生、覚えてるでしょ?」


そのまま母屋の縁側までふたりは歩いて行く。
今日一番の特等席は、風通しの良い影の出来たこの場所だ。
黒猫がうっとおしそうにして、場所を空けてくれた。
さて、今日は明日になるまで飲み明かしたい気分だ。


これが私の夏休みってもんだよ。



 熊さんの夏休み。


by belldan Goddess Life.


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FLASHさんのサイト 熊巣8周年記念に。
登場する 熊さんは、もちろんご自身で(ry
夏の陣に向けて頑張っているご本人にエールを!
もちろん私もノンアルコールビールで乾杯だー!(笑)