秋の音楽

思い掛けない休暇に、俺とベルダンディーは、みんなを
出し抜いて、こっそりと外出した。いや、外出に成功した、
と言った方が正解だろうか。
目まぐるしく変わる秋の気候なのだが、日中は暑いくらいだ。
それでも時折通り過ぎて行く風は、秋の季節感を運んで来る。
ベルダンディーは、風を受けて、とても心地良さそうな表情を
俺に向けて 「気持ちいいですねっ」 と微笑み返した。


海沿いにある駐輪場にバイクを止めて、ふたりで海岸を散歩する。
3時を過ぎた海岸は、人気も疎らだった。
波の音と共に、楽器の音が聞こえて来た。
「螢一さんっ ほら、あそこで楽器を演奏しているみたいですよ」
「ああ、本当だ」
見ると、カップルだと思われる男女が居て、男はギターを、そして
女は打楽器を演奏していた。
聞き覚えのあるリズムだ。これはサンバだったよな、と螢一は思い
「ねぇ、ベルダンディー ブラジル音楽って知っているよね?」
と尋ねて見たが返事はない。 どうしたんだろうと見ると、すでに
ベルダンディーは瞳を輝かせて、その演奏に魅入っていた。
本当に音楽、歌が好きなんだな、と螢一は苦笑した。


「ねぇ、行って見ようか?」
「ええっ?! 良いのでしょうか?」
「大丈夫だと思うよ、ちょっとだけなら」
「わぁ〜」
じゃあ行こうか、と螢一は手を差し出した。それがとても自然で
自分でも驚いてしまう位だった。
ふたりは手を繋いで、演奏者の前まで歩いて行く。
それがとても不思議な感じで、何だかリズムに乗りながらダンス
をしているようだった。
海風がベルダンディーの束ねた後ろ髪を揺らす。彼女の後から
「ねぇ待ってよ」って言う感じでついて来る。


ふたり、サンバのリズムで。


演奏者のふたりに断って、傍で聴く事を了承してもらい、少し離れた
岩に座って演奏を聴いていた。
ベルダンディーは体を揺らしリズムを取って、とても楽しそうだ。


その内、ベルダンディーはリズムをキープしながらハミングで
メロディーを歌いだす。もちろん即興なんだろうが、これが
とても素晴らしい曲となって紡ぎ出されて行く。
最初はとても小さな声で、後からだんだんとフォルテになって来る。
そうなると演奏しているふたりも驚いて、ベルダンディーを見詰める。
そして、そのふたりは、とても嬉しそうな笑顔で、演奏を続けた。


まるで時間が止まったようで、まるでその時間だけが切り取られた
ような感覚に、すでに辺りは夕暮れに染まっていた。


螢一は演奏していたふたりに「ありがとう」と伝え
「とても楽しかったです」と感想を述べた。
ふたりはまた驚いて、おずおずと
「いいえっ!こちらこそ!おふたりは、その、プロの方ですよね?」
と感嘆して返事をする。


「ええっー!ち、違いますよ!」
螢一は否定するが、ふたりは信じてはいないようだ。
「分かります、今日はOFFなんですよね、うふふっ」
と、女性の方が確信に満ちた笑顔で答えた。
「だ・か・ら…違うんですって」
「大丈夫、ヒミツにしておきますね、でも…また、会えますか?」
ギターを弾いていた男性が尋ねた。
「ええ、時々ここを散歩するんです、その時でよければ…」
ベルダンディーの答えに、男性はとても喜んだ。


それから、ふたりは手を振って「また会いましょう」と別れた。


帰り道、バイクを暖気しながら、螢一はホッと胸を撫で下ろす。
「ちょっとヤバかったよねぇ…」
「あら、どうしてですか?」
不思議そうにベルダンディーは尋ねる。
「だってさぁ…君の正体がバレると…」
それを聞いたベルダンディー
「大丈夫ですっ だって音楽を好きな方に悪い人はいないもの」
とニッコリと笑った。


その時、またベルダンディーの髪が風に揺らされた。
それは天上界に住む音楽の神さまが、ハープを奏でるような
そんな感じだった。


「ねぇ、ベルダンディー
「はい、何でしょうか?」
螢一の方に顔を向けたベルダンディーの、その柔らかな唇に
そっと螢一は自身の唇を合わせた。


何かとても自然だった。
まるで神の祝福のような、そんなキスだった。


 秋の音楽。


by belldan Goddess Life.


*** *** ***


余談:


「あ、け、螢一さんっ…」
「はっ!あれぇ…何で俺は…」
「あの…嬉しいっ」
「あ、…うん」


秋の風が、赤く染まった頬に、とても心地良かった。