あの日の想い出

「あれ?…これって…」
読み掛けの雑誌やら本などを片付けようとして、彼方此方に点在して
いた物を集めていた所で、どれかの本の中から、一枚の写真がひらりと
舞い落ちて、目の前に止まった。「なんだろ?」と裏返った写真を
捲って表面を、つまり写っている方を見た。
「うわ、懐かしい」 懐かしい、と言っても最近の事だ。


そこには正装した男女が立ち尽くしている。
男の方は、少し緊張気味で、女の方は、とてもにこやかな表情で
仲睦まじく写っていた。
「あはっ…ちょっと照れるよなぁ」
着慣れていないスーツに身を包んでいる自分の姿を思い、頭をポリポリ
と掻く森里螢一は、その横に居る女の方を見詰めた。
ベルダンディー...」 本当に綺麗だ。本当に。
そのベルダンディー、女神の神衣を思い浮べそうなドレスを纏っていて
美の祭典が、いつ、どこで開催されたのだろうかと、悩んでしまいそう
になりそうだ。 光沢のある白のドレスは、光の加減で色が変わる。
多分…この地上界には無い素材なんだろうな、と思い起こす。
綺麗に纏められた亜麻色の髪には、いつぞや螢一が頑張ってプレゼント
した髪留めがアクセントとして添えられていた。


あの日。

ふたりが正装したのは、言うまでも無いが、螢一の友人の祝い事の席に
着くためだった。
そんな席には滅多に縁が無い螢一だったが、嬉しい事には変わらない。
「できれば大好きな人とお祝いしてくれよ」と友人はメールをくれた。
幸せのお裾分けを頂きに行く訳って感じなのだが、いやいや、それは
違うよな、俺達は祝福しに行くんだ。
そんな訳で、ひとつしかない正装用のスーツを押入れから取り出して
あのナフタリンの匂いを嗅ぎながら、思案に暮れていたのを
「あらあら、うふふ」と微笑みながら、仕上げてくれたベルダンディー
の横顔を思い出し、思い出し笑いをする。
ベルダンディーは法術も使わず、ごく普通の方法で、まるで新品の様に
仕上げた。 
螢一が袖を通して「ど、どうかな?」と尋ねると「まぁすてきっ」と
「螢一さんっ とても凛々しいですっ!」と、感嘆していた。


ふたりが正装して家を出る時、まるで新婚さんのようにも感じられた。
もっとも、今でも結婚はしていないんだが、でも、ちょっと、ね。


あの頃の気持ちになれるかな?


そんな思いも手伝って、螢一は久しぶりにスーツに袖を通そうとして
愕然とした。
「あれ? ちょっと小さくなったのかな?」
成長盛りの頃とは違って、すでに身体の成長は止まっているし、
体重だって、あの頃とは変わらない、はず、だ。
「だとすれば…待てよ? もしかして…」


「俺って、太ったのか?!」


うん、でも、心当りはある。
毎日毎日、ベルダンディーの作ってくれる美味しいご飯を食べている。
それって、幸せ太りってモノじゃないのか?とか。
体重計に乗るのが、少し怖くなってきた。
もちろんウルドの耳に入るのもコワイ事だと思った。
「妙な薬を試されるのは、ちょっと、ね」 と苦笑い。



「螢一さんっ?」
襖をノックする音と共に、ベルダンディーの柔らかな声が聞こえた。
「あ、どうぞ」 「入りますね」
馥郁たる香りのお茶と、女神さまっの優しい香りと。


「ねぇ、ベルダンディー…」と螢一、そして
「あのさ、俺って…ちょっと太ったかなぁ?」と、少し不安気に尋ねた。


ベルダンディーは、少し首をかしげて、それから笑って答えた。


「大丈夫ですよっ 螢一さんっは、いつもの螢一さんっですもの」


ありがとう、女神さまっ。


でも、今度スーツを新調しに行かなくちゃならない、よね(苦笑)



あの日の想い出。


by belldan Goddess Life.


*** *** ***


余談:
「あの、それでも気になるのでしたら…」
「えっ?ウルドの薬?ダメダメ!」
「だったら…」
「それもダメだと思う…スクルドのダイエットマシンなんて…」
「では…」
「えっ?! そ、それは…アリかも?」
そう言ったまま、真っ赤に固まってしまったふたりであった。