「義理チョコ」

「はいっ彦ちゃんっ!」
「さささ・・・里ちゃん!」


今日はバレンタインの日。女性が好きな男性に告れる日だ。
付き合い始めて数年が経過したカップルも、この日だけは何だか
神聖な気持ち、と言うか初々しい気持ちになってしまう。
彦ちゃん・・・その名に相応しくない屈強な大男が赤面していた。


猫実工大大学院に通う、元自動車部の重鎮、大滝彦左衛門である。


「彦ちゃんはぁ〜甘い物が苦手だから・・・ちょっとビターだよっ!」
「う、嬉しいよっ!里ちゃん!」
里ちゃん・・・大滝の男気に惚れた、同じ大学に通っていた女性である。
本名は、矢間野里子、と言う。
「それから・・・コレもねっ!」
里子は、カバンの中から包みを取り出して、それを開けた。
中には、彼女の手作りらしい淡いピンクのマフラーがあった。


里子は「う〜ん」と背伸びをして大滝の首にマフラーを掛けようと
するのだが、大滝は大男だ。とっても届かない。
「ははっ」と照れ笑いする大滝だが、すでに付き合い始めて数年が
経過している。彼女の体を抱いて、自身の首元まで持って来る。
「うふふ・・・はいっ、出来ましたっ!」
里子は嬉しそうに笑い、そっと大滝の口元へキスをした。





中々熟練されたカップルがそこに在った。


ふたりは行くとこまで行っている。当たり前だが恋人同士だから。
それにちゃんと避妊もしている。ふたりにはコダワリがあって
出来ちゃった婚は、どうにもダメらしい。無論、里子の父親の手前も
あるのだが・・・。


そう、このふたりは実にラブラブなのであった。


だが、大滝は問題を抱えていた。
往年の盟友である、田宮寅一の事である。
寅一には、未だ彼女が居ない。
自分だけが幸福を独り占めしているようで、罪悪感もあった。
「難問だよなぁ・・・」
「あ、あの・・・わたしのお友達、紹介しようか?」
「・・・有難い好意だけど、それは止めた方が・・・」
「あ、そうだったわ・・・」
それに田宮の男気が邪魔して「人の彼女からの義理チョコなんぞ!」
と言って、里子からのチョコも受け取らない始末だった。


そんな風だから、ふたりはバレンタインの日には、田宮を避ける事に
なってしまう。
無論、チョコの話題はタブーになるのだ。


だが、時として神さまっは悪戯をしてしまうらしい・・・。


大滝と里子は、楽しいバレンタインのデートを楽しんでいた。
ちょっと気取った店で夕食を済ませて、街路を散歩していた。
その時だった。
「げっ!あ、あれは・・・田ちゃん・・・?!」
「あら、ホント・・・」
「マ、マズイぞ・・・悪い!ちょっと隠れていてくれないか?」
「・・・ええ、分かったわ」


およそ冬には似つかわしくない格好で田宮寅一は闊歩していた。
七部丈のニッカポッカ、そしてランニング姿である。
「おおっ!そこにいるのは我らが盟友、大ちゃんではないか!」
「おおっ!田ちゃん!久しいのー!」
ふたりはがっつり抱き合い、再会を祝福する。
周囲の目は、この奇妙な大男達を怪訝そうに遠巻きに見詰めた。
「所で・・・それは何だい?大ちゃん・・・まさか・・・?!」
田宮は大滝の懐にあった、ビターチョコを見付けた。
「あぅ!こ、これは・・・これはだな・・・」
大滝は動揺を隠せなかった。
「もしかして・・・大ちゃん、チョコではあるまいな?まさか・・・」
田宮の目に、情念の炎がメラメラと燃え上がる。
「あ、いや・・・これはだな・・・」
「大ちゃん・・・貴様・・・」
「待てっ!田ちゃん!これは貴様に渡そうと、思ってだな・・・」
「何ぃー!まさか、俺の事を・・・」
「待てっ!勘違いするなっ!これは、そう!男の義理人情チョコって
いう物だ!」
「義理だとぉー! ん?『男の義理人情』・・・」
「そ、そうだとも!男が欠いてはいけない『義理人情』だっ!」
田宮は、しばし思案する。そして・・・
「その通りだなっ!さすがは大ちゃん!」
「そうだぞ!義理を欠いては男がすたるってもんだ!」
「うむ、有難く頂いておこう!」
こうしてふたりは、再びがっつりと抱擁し、硬い握手を交わして
その場を別れたのだった。


大滝は、頭を抱えた。
田ちゃんの奴・・・お返しを楽しみにしておけ、と言っていた。
まさか、大男からマシュマロとかキャンディとか貰う訳には・・・。
それから、せっかく里子から貰ったチョコを渡してしまった後悔に
ガックリと肩をうなだらせてしまった。


「ひ、彦ちゃん!だ、大丈夫だった?!」
「あ・・・里ちゃん・・・あの、俺・・・ゴメン・・・」
「ああ、チョコの事ねっ 大丈夫よっ もうひとつあるもん!」
「えっ?(もうひとつって・・・それって誰に?)」
はいこれ、と言って里子は可愛いラッピングに包まれた物を出した。
「あのねぇ・・・これはとっても甘いチョコなんだー!」
「ほぅ・・・」
「ホントはね、こっちが本命だったんだよっ!」
「・・・」
「どうか受け取って!わたしの甘いハート!!」


大滝、男泣き。


「義理チョコ」


by belldan Goddess Life.


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バレンタイン企画でしたー。
バレンタイン前夜くらいに、急遽FLASHさん家の
チャットで企画を出して決定したもので、色々と申し訳ない気持ちです。
参加してくださった方々、これからしてくださる方々、そして、
BBS掲示板の使用を快諾してくださったFLASHさんに感謝です。