天上界の恋人

彼女の艶やかな髪が揺れた。
振り返るその姿は、まるで奇跡のようだ。
ゆっくり、そして流れるようにして向けられる表情は
少し驚いて、少し煌いて、そして少し頬染めて。
「ペイオース!」
「あら、あなた、でしたの・・・ごきげんよう
彼女は私の恋人だった。


・・・だった。


あの日以来、彼女は少し変わった。いや、本当は何も変わらない。
だけど地上界に降り、それはほんの少しの間だったけれど、
確実に私の中から、するりと滑り落ちるようにして、彼女は、
私の知っていた彼女は、姿を変えてしまったみたいだった。


天上界一の才女と名高い彼女の事を初めて見たのは、天の回廊。
その後姿は凛として、まるで荒野に咲く高貴な薔薇のようだった。
何度も声をかけようとして、何度も躊躇った。
彼女が歩く、その足音が回廊に響くと、まるで荘厳な音楽の開幕
を告げるように思えた。
自身の心拍数が同じリズムを取るように、合わせた。
そんな小さな思いは、やがて焦がれる思いになり、そして・・・


私は、恋をしてしまった。そして、ある日の事・・・



「バル!聞いてますの?」
「えっ? あ、ああ・・・」
「心ここに在らず、と言った所かしら?」
「そ、そんな事は・・・」


あの時、私はひどい悪夢に苛まれていた。その悪夢とは私自身が
死ぬ、と言う事だった。自身の持ちうる全ての法術を駆使して
その災厄から逃れようとした。そして私は打ち勝った。
だがそれも、ただの幻想にしか過ぎなかった。
どんな者にも、やがては訪れるであろう死と言う儀式は、何も
神属ですら他人事ではないのだ。その生命の長い短いはあっても
始まりがある以上、終わりは必然だと言える。
私の世界、私が構築した世界は、とても私に似ていた。
理想的な精神と美しさは対等に在り、優しく賢くある世界だった。
ただひとつ欠けていたもの、それを教えてくれたのは彼女だった。


「あなたは聡明なお方・・・それなのに、どうして公平を帰さないの
でしょうか。それがあなたの本心だと言うのなら、あなたの世界
その構築された世界は、全てが水泡に帰するのではないでしょうか
。もし、あなたの中に、正義と言う心があるのなら・・・」
女神ペイオースは、粛々とそう述べた。
時折、足を組み替えて、遠くを見詰めて溜息を付いた。
「いや、私にも正義と言う心は在る。そして私は自分に対して、
とても正直に思い、行動を起こすのだ。だが、君はそれを否定して
しまおうと言うのだろうか」
私は反論を試みた。それはつまり自身を正当化しようとする小さな
心だと後から思い直した。だが、私はその時、何もしなかった。
「否定はしておりません・・・もっともあなたは聡明なお方ですもの、
少し考えれば判断出来る事だと思います。ですが・・・」
女神ペイオースは、少し残念そうな表情をこちらに向けて
「本当の優しさとは、何か・・・忘れてはいないでしょうか」
少しお考えになって、と女神ペイオースは席を立とうとした。
「待ってくれ!一体私の何がいけないと言うのだ?」
私は声を荒げてしまった。


女神ペイオースは、地上界を指した。それからゆっくりと踵を
返して、部屋を出て行った。


地上界?そこに何があると言うのだろうか。
思い返せば、彼女が変わってしまったのも、地上界へと赴いた後
だった。
そう言えば地上界には、彼女の親愛なる友、時の守護神である
ノルン達が長く暮らしていると聞いた。
そこに行けば、ヒントがあると言うのだろうか。


「行ってみよう」
私は法術を展開し、ゲートを開いた。





 天上界の恋人/ペイオース編


by belldan Goddess Life.


*** *** ***


そんな訳で、ちょっと冒頭を。
しかしまだ問題山積みで。
ペイオースの相手役の名前は、バルドと命名


マリアベルが暴れるので、続きを書くしか!