七夕の夜に

七夕の夜、正確にはその後日になったんだけど、俺は彼女と
縁側で夜空を見ていた。その日、何時になく冷静な自分がいて
ひどく客観的に自身の事を思い返そうとしていたのだった。
それが何かは、分からずじまいだったのだけどね。


「螢一さんっ 寒くはないですか?」
夜に少しだけ風が出てきたのを気にしながら、ベルダンディー
何時もの冷たい麦茶ではなく、暖かい日本茶を用意していた。
「うん・・・ちょっとね」
Tシャツの上に羽織ったダンガリーシャツの釦を、無意識に留めて
いた事に、その時気がついた。
ちょうど良かった、暖かいお茶を淹れてきたんですよ、と彼女は
螢一に微笑んだ。
螢一が見上げている夜空を、彼の傍に座り直して見上げた彼女は
「星、出てますね。キラキラしてキレイですっ」
日中の芳しくなかった天候の事を思えば、上出来な晴れだった。
「うん、良かった・・・これでアルタイルもベガも出会えるね」
七夕の伝説の事を思い出しながら、螢一はベルダンディーに答える。


もしかしたら、俺たちもそんな出会いをしたのか、な?


夜は人をとてもロマンチックにさせてしまう。それも七夕の夜なら
最高のシチュエーションかもしれないな、と螢一は思った。
傍にいる女神が、さながら織姫・・・だとしたら、この俺が夏彦か?
それは有り得ないよな、と苦笑した螢一だった。
「どうかしたのですか?」
不思議そうに尋ねてきたベルダンディー
「ううん、ちょっと思い出し笑い?と言うか・・・」
ちょっと恥ずかしいな、と今度は照れ笑いをする螢一は
「こんな夜空を見て、昔の人はたくさんの物語を作ったんだよね」
「物語・・・ですか?」
「うん、ひとつひとつの星を線上で結んで、ある形を作り、そして
そこに物語を織り込むんだ・・・面白いよね」
「星座の事ですねっ!分かります!ステキな事ですねっ!」
ベルダンディーは瞳をキラキラさせて、まるで夢見る乙女のようだ。


時折吹く風が、さらに空の雲たちを押し退けて行く。
不思議な静寂の中で、自然の音だけが誇張されて聞こえて来る。
かすかに揺れる木々の葉の音、虫たちの鳴き声、水面のざわめきは
夜のオーケストラみたいだった。


「想像力って言うのかな、人間はそうして未来へと歩んで行くんだ。
今では信じられない事でも、当時はごく当たり前だった事もあって
また、その逆もある・・・不思議だよね」
「思いの力、ですね・・・それはとても大切な力です」
「うん・・・でも、本当にすごいのは、何も無い所から何かを作る力、
創造の力なんだと思うんだ」
「創造ですか・・・」
「うん、俺たち人間は何も無い所からは、何も作れないと思うんだ
考えて見れば、今座っているこの縁側だって、元々はどこかの大木
なんだよね。それを色んな想像力でもって、加工しているだけ」
「螢一さんっ・・・」
「この宇宙の全てを、世界の全てを創造したなんて、すごいよね」
ふたりはこんな話をしながら、夜空を見上げていた。


「螢一さんっ、その創造主の事を知りたいですか?」
ベルダンディーは螢一の横顔を見詰めながら尋ねる。
螢一は、空から視点を横にいるベルダンディー移して、そしてまた
空を見上げて答えた。
「知りたくない、と言えばウソになるよな・・・だけど今は・・・」
それは多分、ベルダンディーの本来の居場所である天上界に行けば
分かるんだろうと思った。
神さまのその上の、そのまた上の存在・・・それがきっと創造主だ。
「今は?」
「うん、俺の傍に君が居る事・・・それが全てなんだと思うんだ」


絶対幸福量なんて、ただの方便だと思う。
だってほら、ベルダンディー・・・君とこうして暮らして行くだけで
たくさんの幸福があふれて来るんだからね。
人には創造する力は無いかもしれないけど、想像力ならあるんだ。
君がくれた幸福を、たくさん増やす事だって出来ると思うからね。


「螢一さんっ・・・」
ベルダンディー・・・」
夜空に浮かぶ星たちが、お互いの瞳の中に移動して、まるで星空を
見詰めているようだった。
重なり合うふたつの宇宙に、また新しい幸福が生まれようとして
いるのかも知れない。


夜空の星たちも、ふたりを見守っていた。



創造の力/想像の力


by belldan Goddess Life.