努力即幸福

「継続は、力なり」って言うけど、俺がこれまでやって来た事全て
それに当てはまるのかな?と考えていた。
人生はまるで緩やかな放物線を描いて下へと下って行くものだと、
誰かが言っていた。


「そんなものなのかなぁ」
森里螢一は、愛用のスパナをくるりと掌で回して考えていた。
エントロピーの法則とか、そんな科学的根拠から導き出された事なの
かもしれないよな。良く解らないけど。
それでも俺は、飽きもせずにこうしてバイクをいじっているのだ。
古いバイク、ドイツのBMWボクスターツインエンジンは、手間が
掛かるんだけど、今みたいのイグニッションとかじゃないけど、
キャブレターの調整だって、こんな不安定な天気じゃ、とてもだけど
完璧な調整ってのは難しいんだけど。


でも「俺はこれで良いんだ」と思う。


不思議と昔の事を思い出してしまった。それはまだ小学生の頃だ。
背が低い…それは体力的にもクラスメイトと比べて見れば、とても
不利な条件だったと思う。俺は背が高くて体力がある同級生に対して
嫉妬を感じていた。対抗意識も芽生えた。
だから俺は人一倍努力したんだ。たくさん練習して、たくさん無理も
した。
そうして向かえた体育祭の日、学年対抗の徒競走で皆に負けた。


努力は実らなかった。


心に何だか風穴が開いたような気がした。その日の帰り道、何時も通る
道を避けて、裏路地を歩いて帰った。思えばその時は、必死に自分の
中に出来た穴を埋めようとしていたんだよな。
努力しても実らないのなら、それに何の意味があるんだと言うのだ、と
シニカルになっても、一向に心の穴は埋まらない。
涙が出そうになるのを必死で堪えた。不公平と言う言葉の意味を考えて
またまた落ち込む自分がいて、更に情けなくなってしまった。


あの日の夕焼けは、今でも鮮明に覚えている。




ある日、桂馬さんが俺に自転車を与えてくれた。
「大丈夫、乗れるようになる」
自信満々に言う桂馬さんだった。
俺はすっかり自信を無くしていて、何をするのも億劫になっていた。
「…でも、無理だよ」
下を向いて俺は呟いた。


桂馬さんは、俺の前にしゃがんで、下を向いていた俺の顔をマジマジ
と見詰めた。それからニカッと笑って、こう言ったんだ。
「自転車に乗れると、世界が変わるぞ!」
変わる?世界が変わるって言うの?だとしたら俺の世界も変わる…
「風を切って、前へ、もっと前へ進んで行くんだぞ」
風を…前へ?それって、もしかして進歩するってことなの?


「出来るかな…」
そっと桂馬さんの顔をみるように言った。
「出来るさ!お前はすごい努力家じゃないか!」
え?努力家って…
「俺はずっと見てた。ずっと走る練習をしていたじゃないか」


「でも…誰にも勝てなかったんだ」
俺は恥ずかしくて、また下を向いてしまった。
桂馬さんは、下を向いた俺の顔を両手で包み込んで、前に向けた。
「勝てなかったって?でも、お前はあんなに懸命にがんばって来たし
とても楽しそうだった」
「楽しくなかったよ!」
「そうかな?」
「そうだよっ!」
俺はキツイ言葉を発してしまって、ハッと我に返った。
その時、桂馬さんの表情は、とても優しくて、そして切なかった。


「螢一…人には向き不向きってものがあると思う。だからお前が
あんなに努力して走り込んでみても、実力のある子には勝てなかった。
だけど思うんだ、もし螢一に合っている種目で勝負したら、勝敗は
分からない…でもそんな事が重要じゃない」
「重要じゃないって?」
興味津々な俺の表情を見て、またニヤッと笑った桂馬さんは
「知りたいか?」と言った。
「うん、知りたい」と俺は答えた。


「だったら、まずは自転車に乗れるように練習してみろ」
楽しいぞ、と桂馬さんは笑った。



「継続は、力なり」って言うけど、俺は思うんだ。
人にはやはり、向き不向きがある。だけど自分に向いているものを
見つけて、それに向かって努力し続けるって事が大事なんだと。
「難しいけど、幸いにも俺は桂馬さんから教わったからね」
ありがたいよな、と螢一はしみじみ思った。


でも…あの時、桂馬さんが伝えたかった事って?



「努力即幸福」


by belldan Goddess Life.


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「螢一さ〜ん、お茶が入りました〜」
母屋の裏にあるガレージで整備している螢一に、女神さまっからの
ステキなティータイムのお誘いが入りました。